映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「流浪の月」

「流浪の月」
2022年5月18日(水)池袋HUMAXシネマズにて。午後12時20分の回(D-9)

~理解し難い関係を役者の演技で体現した濃密な映画

リスクを避けて空いた映画館を探して出かける今日この頃。この日観たのは「流浪の月」。池袋では何と3館で上映しているとあって、そのうちのやや余裕がありそうな劇場へ。

本屋大賞に輝いた凪良ゆうの同名ベストセラーを、「悪人」「怒り」の李相日監督が映画化した(脚本も)。

珍しく事前に原作を読んだのだが、正直、中盤はストーカーの活動報告みたいで冗長で、読むのをやめようかと思ったほどだった。後半は持ち直して面白くなったものの、「これが本当に本屋大賞?」というのが個人的な感想だった。

それを映画化したわけだが、これがまあはるかに原作より良くて、見応えがあった。2時間30分の長尺だが、その濃密さのおかげでちっとも長く感じなかった。

ある日、雨の公園でびしょ濡れになっていた10歳の少女・家内更紗(白鳥玉季)に、19歳の大学生・佐伯文(松坂桃李)が傘をさしかける。更紗は引き取られた伯母の家に帰ることを嫌がり、文は彼女を自宅に連れて帰る。しばらく2人は仲良く暮らすが2か月後、文は誘拐犯として逮捕される。15年後、更紗(広瀬すず)は婚約者の亮(横浜流星)と暮らしていたが、ある日偶然入ったカフェで文と再会する。

更紗と文の関係はわかりやすいものではない。恋人のようだが性的関係はなく、家族的なつながりとも微妙に違う。既存の枠に収まらない、常人にはなかなか理解しがたい関係なのだ。

それをどう描くのか。李監督は広瀬すず松坂桃李の演技にすべてを託したのだ。そのため過剰な説明などは一切ない。セリフで語られる物語の背景も必要最低限だ。その代わり、文と更紗の生き様そのものに2人の関係性を見出すのである。

それに応えた広瀬と松坂の演技が素晴らしい。「誘拐事件の被害女児」として世間の同情や好奇の目にさらされ続けて、自分を偽って生きてきた更紗。一方、「ロリコンの加害者」として世間の非難や嘲りの対象となり、息をひそめるようにして生きてきた文。2人の繊細な演技によってそれぞれの心理がさらけ出される。まさに更紗と文を生き切ったといってもいい演技だ。子供時代の更紗を演じた白鳥玉季の好演も見逃せない。

おかけで、文と更紗の関係が明確に理解できなくても、そこに理屈を超えた説得力を感じてしまうのだ。まさに力ワザ! 

映画の冒頭は「事件」当日の描写から。そこから15年後の現在進行形のドラマと、過去のドラマが交互に描かれる。その構成が絶妙だ。何度か映る月のショット、カーテンの何気ない揺らめきのショットなど、短く挿入される映像にも味わいがある。ちなみに、撮影監督は「パラサイト 半地下の家族」のホン・ギョンピョが担当している。

静かではあるが内に秘められた激しい思いが、通底しながらドラマは進む。思いもかけない更紗と文の再会。それでもお互いに真情を押し殺して生きる。だが、ついに世間のくびきを捨て去る時が来る。15年前も今も、2人にとって居場所は他にどこにもなかったのだ。

そんな2人を周囲は理解しようとしない。世間の枠からはみ出した者に対する偏見や抑圧もまた、この映画では大きくクローズアップされる。

だが、しかし、2人は覚悟を持って進む。もう誰にも邪魔はさせない。自分の生き方は自分で決める、と。原作にあった後日談をカットしたのは、時間のせいかもしれないが、より深く2人の覚悟を示すエンディングになったと思う。

原作で気になったストーカーの活動報告みたいなところはすべてカット。それによって原作が描こうとしたものがよりピュアになった感じだ。その一方、気になったのは文の家庭環境が母との対峙シーンなどで比較的前面に出ていたのに対して、更紗の家庭(叔母に引き取られる前の)についてはセリフで説明する程度だったところ。もう少し彼女の生い立ちが見えてもよかったと思う。

キャストは主演の2人以外にも、横浜流星のDV男が絶品の演技。自分の狂気を抑えられずにもがく姿が見事だった。身勝手だが憎めない更紗の職場の同僚役の趣里も存在感があった。文の母親役の内田也哉子は、すっかり樹木希林に似てきたなぁ。

李監督らしい濃密な映画だ。広瀬すず松坂桃李の演技だけでも観る価値がある。個人的には原作よりもはるかに面白い映画だった。

◆「流浪の月」
(2022年 日本)(上映時間2時間30分)
監督・脚本:李相日
出演:広瀬すず松坂桃李横浜流星多部未華子趣里三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、安西梨花内田也哉子柄本明
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/rurounotsuki/

 


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「マイスモールランド」

「マイスモールランド」
2022年5月13日(金)池袋シネマ・ロサにて。午後12時20分より鑑賞(シネマ・ロサ2/D-8)

~静かな怒りの炎がそこにはある。在日クルド人少女の苦境

「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人。日本でも埼玉県の川口市などを中心に、トルコから逃れてきたクルド人約2000人が暮らしている。だが、迫害から逃れて日本に来ても、彼らが難民認定されることはほとんどない。

川和田恵真監督の商業映画デビュー作「マイスモールランド」は、そんなクルド人の現状を17歳の1人の少女の目線で描いた作品だ。川和田監督は大学卒業後、是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」に在籍し、是枝作品の監督助手などを務めてきた。彼女自身がイギリス人の父親と日本人の母親を持つことから、自身の経験もこの映画に投影されているのではないかと思う。

映画の冒頭、クルド人の盛大な結婚パーティーの様子が描かれる。出席者は楽しそうに歌い踊る。だが、その中で17歳の少女サーリャ(嵐莉菜)だけは、硬い表情でいた。

サーリャはクルド人の家族とともに故郷を逃れ、幼い頃から日本で育った。現在は埼玉に父と中学生の妹、小学生の弟の家族4人で暮らし、地元の高校に通っていた。学校の先生を夢見る彼女は大学進学の資金を貯めるためにバイトを始め、そこで東京の高校に通う聡太(奥平大兼)と出会う。

前半は、サーリャと聡太の初々しいロマンスを中心に、彼女の学校生活や家族のドラマが描かれる。特にサーリャと聡太のドラマは、みずみずしさにあふれている。2人が徐々に距離を縮めていく様子が、実に生き生きと活写されている。

だが、明るさの裏には影がある。サーリャと聡太のキラキラしたロマンスがあるからこそ、その影が際立つ。サーリャはクルド人であることを隠し、ドイツ人だと偽っていた。それはほとんどの日本人がクルド人のことを知らないのと同時に、好奇の目にさらされることを嫌ったためだろう。

特に劇中で目立つのが悪意のない差別だ。コンビニの客の老女の言葉が象徴的だ。「いつか国に帰るんでしょ?」。その言葉には悪意のかけらもない。むしろ善意に満ちている。だが、それがサーリャを傷つける。コンビニの店長も然り、聡太の母親も然り。同世代の日本人と変わらない生活を送っているサーリャだが、周囲はそうとは見ていないのだ。

一方のクルド人社会もサーリャを苦しめる。家ではクルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げる。父は「クルド人としての誇りを失わないように」厳命し、将来の結婚相手まで決めようとする。サーリャは日本人としても、クルド人としても居場所がなかったのだ。

そんな中で、数少ない心の安らぎが聡太の存在だった。サーリャは初めて自分の生い立ちを聡太に話す。

映画が中盤に差しかかった頃、サーリャたち家族の難民申請が不認定となる。そもそも日本の難民政策はクルド人に限らず冷酷なものだ。どんなに迫害の証拠を突きつけても、めったに申請が通るものではない。この理不尽さに対して、静かな怒りの炎が燃やされる。声高ではないものの、現状に対する疑問や異議申し立ての明確なメッセージがそこにはある。

これをきっかけに、サーリャは困難に直面する。在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。仕事を続けていた父はそれが露見し、入管施設に収容される。サーリャもコンビニのバイトを首になる。

後半は次第に追い詰められていくサーリャの姿を追う。特にドキュメンタリータッチで撮られているわけではないが、その姿は異様にリアルだ。当事者の痛みがヒシヒシと伝わってくる。弁護士も一家を支えようとするが、それがお決まりの対応に見えてしまうのは、サーリャの痛みが痛切だからだろう。

それでもサーリャに寄り添おうとするのが聡太だ。弟、妹とともに川原に遊びに行ったシーンが印象深い。サーリャのしぐさに「サヨナラ」を感じ取っただろう彼は、そっと彼女の手を引くのだ。

その後、入管施設に収容された父は、突然帰国すると言い出す。迫害の可能性が高いのにも関わらず。その裏には何があるのか……。

このドラマは安易な結論を導き出さない。観客に判断を委ねている。「こんな現状をどう思いますか?」と。それは真摯な問いかけだ。川和田監督の強い意志を感じる。

ただし、個人的にはラストの一瞬のサーリャの表情に注目した。その目の光は力強いものだった。彼女はこの日本で様々な困難に立ち向かい、力強く生き抜く決意をしたのではないか。そう信じたくなってしまうのだ。

主演の嵐莉菜が素晴らしい。モデルとして活躍しており、これが映画初出演とのことだが、その佇まいといい表情といい、感情の起伏を繊細に表現していた。相手役の奥平大兼(「MOTHER マザー」)の自然体の演技も良かった。

明確な社会的メッセージを持つとともに、優れた少女の成長物語でもある。語り口はやや単調だが、それを凌駕する圧倒的な力を持つ。師匠格の是枝監督の一連の作品にも通じるものがそこにはある。間違いなく今年有数の一作といえるだろう。必見!

◆「マイスモールランド」
(2022年 日本・フランス)(上映時間1時間54分)
監督:川和田恵真
出演:嵐莉菜、奥平大兼、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデー、韓英恵、吉田ウーロン太、板橋駿谷、田村健太郎池田良、新谷ゆづみ、さくら、サヘル・ローズ小倉一郎藤井隆池脇千鶴平泉成
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://mysmallland.jp/

 


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「ツユクサ」

ツユクサ
2022年5月10日(火)シネ・リーブル池袋にて。午後12時50分より鑑賞(シアター2/D-6)

ホンワカした雰囲気の中で描かれるワケあり男女の爽やかな恋

ついに、ついに、ほぼ3か月ぶりに映画館へ行ってきたのだ。心臓手術以来初!積極的に行く気はなかったのだが、ネットを見たら平日の昼間とあって、けっこう空いているではないか。これでコロナに感染したら、よっぽど運が悪いと腹をくくって、いざシネ・リーブル池袋へ!

鑑賞したのは、先日「閉鎖病棟 -それぞれの朝-」を取り上げたばかりの平山秀幸監督の新作「ツユクサ」。前作は脚本も平山監督だったが、今回は安倍照雄によるオリジナル脚本だ。

50歳目前の主人公・五十嵐芙美(小林聡美)は小さな港町で一人暮らしをしている。同僚の直子(平岩紙)や妙子(江口のりこ)とくだらないおしゃべりをしたり、直子の息子・航平(斎藤汰鷹)と遊びに出かけたりと明るく楽しい日々を過ごしていた。そんなある日、芙美の前に草笛が上手な篠田吾郎(松重豊)という男性が現れる……。

とりたてて大きなことは起こらないドラマだ。登場人物が泣き叫ぶような場面もない。派手なところは何もない。

とはいえ冒頭の展開にはビックリさせられた。芙美の小さな親友・航平が隕石について語る。すると次の瞬間、芙美の運転する車が落下してきた隕石のかけらと衝突するのだ。

隕石と衝突するなんてよほど珍しいこと。芙美はそれを幸運のしるしと捉える。はたして、彼女は本当に幸せになれるのか。芙美と吾郎の恋模様を中心にドラマが進行する。

全体の雰囲気がとても良い映画だ。舞台となる港町は自然豊かな場所。その中で展開するドラマは、のんびり、ほっこりとした空気に包まれている。深刻なところもあるにはあるが、過剰に悲惨な描き方はしていない。

芙美と吾郎の恋の行方は、けっしてドロドロしていない。一気に恋が燃え上がるなどということもない。淡々とした日常の中で、少しずつお互いに距離を縮めていく。実に落ち着いた大人のラブストーリーなのだ。

そして、芙美の周辺の人物のドラマも描かれる。同僚の直子は、再婚で息子の航平が夫に懐かないのが悩みの種。同じく同僚の妙子は、亡き夫が眠る寺の坊さんとつきあっているのを隠している。ついでに航平には好きな女の子がいるが、その子は別な子と何やら怪しい雰囲気だ。要するにみんないろいろと事情があるわけだ。

ユーモアがたっぷりなのもこのドラマの特徴。妙子がつきあっている坊主はサーファーで、絶えず有名人の名言を口にしている。芙美たちの職場の工場長は、台湾の婚活パーティーに出かけたものの願いはかなわず、太極拳だけ習得してくる。そのため全員で行うラジオ体操のポーズが太極拳風。それらが自然に笑いを誘う。

芙美と吾郎の恋が一気に燃え上がらないのは、2人の過去にも関係している。芙美は酒を断つために断酒会に入っているが、彼女が酒におぼれるようになった背景には哀しい事件があった。一方の吾郎にも哀しい過去がある。元歯科医だという彼が、この港町で工事現場の警備員になっているのはそのせいだった。

芙美と吾郎を中心にワケありの人々の人間模様を映し出しながら、ドラマは終盤へと向かっていく。そこでは航平の親子の絆のドラマも描かれるが、やはり気になるのは芙美と吾郎の恋。

そこでラストシーンに待っているのが、これまたファンタジックなシーン。吾郎もビックリの芙美のジャンプ!だが、それは確実に芙美の再出発への決意を表している。過去に何があろうと、幸せになる権利はある。そこにはきっと明るい希望がある。そんなメッセージを感じるエンディングである。

悪人は1人も出てこない。こんなのは絵空事だという人もいるかもしれない。しかし、こういう映画があってもいいと思う。何よりも全体を包むホンワカした雰囲気が魅力的なドラマだ。

主演の小林聡美はこういう作品がよく似合う。何気ない日常を表現するのがうまい。松重豊との演技のハーモニーが絶妙だった。彼女の友人役の平岩紙、江口のり子の存在感も見逃せない。桃月庵白酒の坊さんもいい味出しています。

◆「ツユクサ
(2021年 日本)(上映時間1時間35分)
監督:平山秀幸
出演:小林聡美平岩紙、斎藤汰鷹、江口のりこ桃月庵白酒、水間ロン、鈴木聖奈、瀧川鯉昇、渋川清彦、泉谷しげるベンガル松重豊
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://tsuyukusa-movie.jp/


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「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」

「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」
2022年5月5日(木)GYAO!にて鑑賞。

~密室殺人に挑む名探偵。アガサ・クリスティー風本格派ミステリー

おウチで映画鑑賞第三弾。アカデミー賞にもノミネートされたライアン・ジョンソン監督・脚本の「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」。オリジナル脚本ではあるものの、アガサ・クリスティーに捧げて執筆されたというだけあって、その雰囲気が全編に漂っている。

密室殺人ミステリーである。NY郊外の館。世界的ミステリー作家ハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)の85歳の誕生日パーティーが開かれる。だが、その翌朝、ハーランが遺体となって発見される。依頼を受けた名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)は、事件の調査を進めていく。莫大な資産を抱えるハーランの子どもたちとその家族、家政婦、専属看護師と、屋敷にいた全員が事件の第一容疑者となる。調査が進むうちに裕福な家族の裏側に隠された人間模様があぶりだされていく。

ミステリー好きにはたまらない映画だろう。自殺とされた有名作家の死。だが、そこに名探偵が調査に乗り出す。周辺には怪しい人物がウジャウジャ。はてさて、真相はいかに……というわけだ。

ドラマの前半は様々な人物たちの証言で構成される。だが、彼らはいずれも秘密を抱えている。それでウソの証言をするものだから、他の証言との食い違いが生じ、謎がますます深まっていく。

何しろ探偵役は「007」シリーズのダニエル・クレイグである。というと完全無欠のヒーローを想像するかもしれないが、この名探偵、確かに鋭い名探偵と思わせる反面、意外に抜けているところもあったりして、なかなかに複雑な人物なのだ。クリスティーの小説でおなじみのエルキュール・ポワロ顔負けに魅力的な人物なのである。

そして、周辺の人々もこれまた魅力的な役者ばかり。老作家役のクリストファー・プラマーをはじめ、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティスマイケル・シャノンドン・ジョンソントニ・コレットといった存在感ある面々。これで面白くないはずがないのである。

特に事件の鍵を握る移民の看護師役に若手のアナ・デ・アルマスを起用し、それとは対照的に遺産を狙う夫婦にジェイミー・リー・カーティスドン・ジョンソンというベテラン俳優を起用しているあたりもキャストの妙。クリス・エヴァンスの異端児ぶりも際立っている。

実のところ、事件の真相については早いうちに観客に提示されてしまう。南米移民の看護師のマルタが、薬の量を間違えてしまったというのである。しかも、彼女が救急車を呼ぶのをハーランは阻止し、アリバイ工作を命じる。その事実をマルタはひた隠しにする。

ブノワはそれを知ってか知らずか、マルタに調査の助手役を頼む。シャーロック・ホームズにとってのワトソンというわけだ。だが、話が進むにつれて一度提示された事件の真相には、裏があることがわかる。いったい本当の真相はどこにあるのか。観客も混乱させられる。

中盤はハーランの遺言状が明かされ、さらに混乱が深まる。何しろハーランは遺産を家族ではなく、赤の他人のマルタに残すと宣言していたのだ。

これでマルタは集中砲火を浴びる。そんな中、ハーランの息子ランサムだけは彼女の味方になる。はたしてハーランの死の真相は?

ちなみにマルタがウソをつくと、所かまわず吐いてしまうという設定が面白い。終盤でも、この性癖が効果的に使われる。

その終盤では、カーアクションや乱闘シーンなども飛び出し、なかなかの緊迫感だ。事件の真相自体は、わかってしまうと「なーんだ」となるが、観ているうちはミステリーの面白さにたっぷりと浸れるはず。

ちょっと話がこんがらがってわかりにくいところもあるのだが、本格ミステリー劇としては上出来。ミステリー映画好きには見逃せない作品だろう。


◆「名探偵と刃の館の秘密」(KNIVES OUT)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間10分)
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグクリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティスマイケル・シャノンドン・ジョンソントニ・コレットクリストファー・プラマー
*動画配信サイトにて配信中
ホームページ longride.jp/knivesout-movie/

 


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「母さんがどんなに僕を嫌いでも」

「母さんがどんなに僕を嫌いでも」
2022年5月4日(水)GYAO!にて鑑賞。

~虐待母にひたすら尽くす無償の愛

おウチで映画鑑賞シリーズ第二弾。2018年公開の「母さんがどんなに僕を嫌いでも」。タイトルから想像するに、息子を邪険に扱う母親との関係を描いたドラマだろうと思ったら、その通りだった。

小説家で漫画家の歌川たいじという人の実話らしい。監督は御法川修。脚本は大谷洋介。

冒頭で主人公の青年、タイジ(太賀)が混ぜご飯を作るエピソードが登場する。混ぜご飯といっても本格的なものだ。それは彼が母から受け継いだ味であることが語られる。ちなみに、本作はタイジの独白の形で進行する。

前半はタイジの子供時代が描かれる。タイジの母・光子(吉田羊)は、外面は良くてまるでご近所のヒロインのようだったが、家の中では夫とケンカが絶えず、そのうっ憤を息子にぶつける最低の母親だった。それでもタイジは、つらい気持ちを悟られまいと、つくり笑いを浮かべながら生きていた。

そんな彼の心のよりどころは、父の経営する工場の従業員の婆ちゃん(木野花)だった。光子に邪険にされるタイジを常に優しく受け止める婆ちゃんを、タイジは実の祖母のように慕う。

光子のやっていることは児童虐待である。その凄惨なシーンもあちこちに出てくる。だが、ドラマは暗いタッチばかりでは描かれない。何しろ子供時代のタイジを演じる小山春朋がハマり役だ。学校でブタとバカにされ、光子に邪険にされても、それを取り繕うようにひたすら明るく笑っている。その姿は健気であると同時にどこかユーモラスだ。

その後、タイジは光子によって1年間施設に預けられる。これもまたひどい仕打ちなのだが、自分をコントロールできない光子が、タイジを手元に置くことを危険と判断したのかもしれない。しかし、そのあたりの心理が十分に描かれないから、ただのひどい母親というイメージが拭えない。

施設から戻ったタイジは、離婚を決意した母に連れられて新しい家に移る。だが、そこでもまたひどい仕打ちが待っている。光子は心身ともにタイジを傷つける。それに耐えられなくなったタイジは17歳で家を飛び出して、1人で生きることを選択する。

いやぁ~、それにしても光子ときたら、とんでもない母親だ。もちろんその行状の背景にはいろいろと理由があるのだが(後半では暴力の連鎖という深刻な家庭環境も語られる)、それを上回る傍若無人な振る舞いである。とても彼女に感情移入などできない。

後半は大人になって一流企業で働くタイジが描かれる。彼は母と縁を切り、一人で生きている。しかし、ふとしたことから劇団に入り、さらに会社の同僚とその彼氏とも親しくなり、彼らと交流するうちに母ときちんと向き合う覚悟をする。

だが、それでも光子はタイジを拒絶する。そんな母からの愛を取り戻すため、タイジはめげずに母に立ち向かっていく。

うーむ、こういうのを無償の愛というのだろうか。光子は相変わらず嫌な奴だし、タイジを邪険に扱う(もちろん今は暴力をふるったりはしないが)。それでもタイジは必死に母に尽くす。いくら親子とはいえ、あまりに寛容な気もするのだが。

ついでに言えば、病に倒れた光子を励ますため、タイジと友人が自分が出演するミュージカルの場面を病院の庭で演じる場面があるのだが、あれはあざとすぎるよなぁ~。

とはいえ、ラスト近くのシーンは感動的。タイジの思いがようやく母に届く。川原の土手でタイジの言葉にかすかに頷く光子。なかなか心に染みるシーンである。

冒頭の混ぜご飯のエピソードとつなげた最後の後日談では、現在のタイジの姿を映し出し、心温まるエンディングに仕上げている。

大人になったタイジを演じる太賀(仲野太賀)は、いかにもこういう役が似合う。常に本心を隠してニコニコ笑いを浮かべているから、感情が激した場面の印象度が余計に際立つ。その瞬間、心の鎧の奥にある本心が露見する姿が、真に迫っているのだ。

感動の実話ではあるものの、母子の心理(特に母親の)が充分に伝わらないから、何となくモヤモヤ感の残る映画だった。親子の関係には他人にはわからない複雑なものはあるのだろうが。

しかし、まあ、悲惨なばかりの話になりがちな素材を心温まるドラマに仕上げた点は素直に評価したい。俳優たちの演技も出色だ。吉田羊はよくこんな役を引き受けたな。

◆「母さんがどんなに僕を嫌いでも」
(2018年 日本)(上映時間1時間44分)
監督:御法川修
出演:太賀、吉田羊、森崎ウィン白石隼也秋月三佳、小山春朋、斉藤陽一郎おかやまはじめ木野花
*動画配信サイトにて配信中
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「閉鎖病棟-それぞれの朝-」

閉鎖病棟-それぞれの朝-」
2022年5月3日(火)GYAO!にて鑑賞

~生きる希望を感じさせる精神科病棟のドラマ

ゴールデンウィークで映画館はけっこう賑わっているようだ。なにせコロナには絶対にかかるなと医師から厳命されている身ゆえ、混んだ映画館に行くわけにもいかないだろう。心臓の手術をしたばかりなので感染即命に関わる。全国でまだ1万人以上も新規感染者がいる状況なので、油断はできない。

というわけで、動画配信サイトで2019年公開の「閉鎖病棟-それぞれの朝-」を鑑賞。

原作は山本周五郎賞を受賞した帚木蓬生のベストセラー小説。それを「愛を乞うひと」などの平山秀幸監督・脚本で映画化した。原作モノとはいえ、平山監督らしさが十分に発揮された映画といえる。

冒頭はいきなり衝撃の死刑執行シーンから始まる。母親や妻を殺害した罪で死刑判決を受けた梶木秀丸笑福亭鶴瓶)の刑が執行されるのだ。首にロープを掛けられ、床板が落ちて死に至る梶木。ところが、なんとまあ梶木は生きていたのだ。死刑の執行に失敗したのである。

「そんなバカな」とも思うが、原作がそういう設定なのだろう。ともあれ、梶木は車いす生活になったものの精神科病院に送られる。さすがに死刑のやり直しはできなかったのだ。

というわけで、場面は長野県のとある精神科病院に移る。そこには梶木をはじめ様々な入院患者がいた。その中でも中心的に描かれるのは、幻聴が聴こえて暴れるようになり、妹夫婦から疎まれて強制入院させられた元サラリーマンのチュウさん(綾野剛)。そして義父のDVが原因で新たに入院してきた由紀(小松菜奈)だ。

ちなみに入院してきた由紀が、病院の屋上から飛び降りて軽傷で済むという、にわかには信じられない場面もあるのだが、まあ気にしないでおこう。

映画は入院患者の奇行で笑いを取ったりもするが、基本的にはしごく正攻法で、真っ当なタッチで描かれる。例えば、話を面白くするなら、初めのうち梶木を正体不明の人物として描き、次第に奇異な運命を経験した死刑囚という実像を明かすだろう。だが、この映画では冒頭でそれを明かしてしまっている。

平山監督の演出・脚本には奇をてらったところがまったくない。その分、登場人物の心理をあぶり出すことに主眼を置いている。これは「愛を乞うひと」をはじめ過去の作品にも共通していたことだ。本作では、梶木、チュウさん、由紀などの心理がじっくりとあぶり出される。

その3人を中心に入院患者たちに共通しているのは、様々な事情を抱えていることだ。彼らは過去を背負い、ここに収容され、家族や世間から遠ざけられている。家族は彼らを邪険に扱うし、世間も差別的な目で彼らを見る。だから彼らは、どこにも行き場がない。そんな中でも、明るく前向きに生きようとする。

しかし、そんな明るさの中にもところどころで暗い影が差す。入院患者の1人、サナエ(木野花)は娘たちが厚遇してくれると、年中外泊をしている。だが、他の患者たちは知っていた。彼女には家族がいないのを。そして悲劇が起きる。

けっして明るいだけのドラマではない。かといって暗いばかりのドラマでもない。その絶妙な匙加減がいかにもベテラン監督らしい。

中盤では、梶木が死刑になるに至った事件が回想として描かれる。それが今も梶木を苦しめていることが明らかになる。

そして後半、衝撃的な事件が起きる。患者たちの中でも異質な存在だった重宗。なにせ演じているのが渋川清彦だから、心根は善良な他の患者たちとは明らかに違って見える。やたらに暴力的で不遜な態度をとり続ける梶木。「いったい何じゃ?コイツ」と思ったら、やがて彼が事件を起こす。それがきっかけでドラマは思わぬ方向に向かっていく。

終盤は裁判シーンだ。被告は梶木(死んだはずの死刑囚が裁判にかけられるというのは、ちょっと混乱しそうではあるが……)。そこでの由希の迫真の証言が胸に迫る。それは勇気ある告白であり、彼女自身の決意表明でもある。すでに退院したチュウさんともども、明日への希望を感じさせる展開だ。

では、一方の梶木はどうなのか。後日談で描かれる梶木の必死の姿。それは生きる希望を失くした彼が、再び前を向こうとする強烈な意志である。どんな人間にも希望はある。生きている限り明日は来る。そんな平山監督の信念が強く感じられるラストだった。

キャストは笑福亭鶴瓶綾野剛小松菜奈をはじめ脇役までハマッていた。特に平岩紙綾田俊樹森下能幸、水澤紳吾、大方斐紗子など患者役は芸達者が顔をそろえている。看護師役の小林聡美もさすがの安定感だ。

本作は第43回日本アカデミー賞で優秀作品賞、優秀監督賞、優秀主演男優賞ほか11部門を受賞したらしい。精神病棟の描写など首をかしげるところはあるし、正直、そこまでの作品かという気はするが(日本アカデミー賞だしね)、平山監督らしさが発揮された良い映画なのは間違いない。

◆「閉鎖病棟-それぞれの朝-」
(2019年 日本)(上映時間1時間57分)
監督・脚本:平山秀幸
出演:笑福亭鶴瓶綾野剛小松菜奈坂東龍汰平岩紙綾田俊樹森下能幸、水澤紳吾、駒木根隆介、大窪人衛、北村早樹子、大方斐紗子、村木仁、片岡礼子山中崇根岸季衣ベンガル高橋和也木野花、渋川清彦、小林聡美
*動画配信サイトにて配信中
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「愛しのダディー殺害計画」

「愛しのダディー殺害計画」
2020年4月23日、Vimeoにて視聴

映画館にはまだ行けないが、とりあえず配信サイトで観た映画の感想を書きます。

2020年に公開になった「愛しのダディー殺害計画」。CMやミュージックビデオ、ショートムービーなどを手がけてきたイリエナナコ監督による劇場デビュー作。若手監督の発掘を目的に短編映画の製作、配信などをサポートする「MOON CINEMA PROJECT」の第3回グランプリ作品だ。このほどVimeoにて英語字幕付きで公開された。

マリ(佐藤ミケーラ)とエマ(モトーラ世理奈)の姉妹は14年前に母親が恋人と家を出て行ってから、優しい父親(岡慶悟)と3人で仲良く暮らしてきた。しかし、ある日、父が「再婚したいと思っている」と言い出す。大事な父親がいなくなることが許せない2人は幼なじみの照美(細川佳央)を巻き込んで、父親の殺害計画を立てるのだが……。

30分弱の映画ということもあり、ツッコミどころは満載だ。とはいえ、見どころはある。特にビビッドな色彩に彩られたポップな映像は、さすがにCMなどを手がけてきた監督だけのことはある。幼い頃の姉妹が遊ぶシーンや今の姉妹の姿、重要な役を果たすタンポポの花などの映像が印象的に綴られる。

映画は殺害計画をステップごとに追うが、ツッコミどころ満載なのが、逆にユーモアに結びついている。「そんなことないだろ!」と思いつつ、つい笑ってしまうのだ。演出もユーモラスさを強調している。

姉妹の心の変遷もそれなりに捉えられている。過去にしがみつき、それを守るために父親を殺害しようとした姉妹が、あれほどカッコいい父の別な姿を知り、過去の愛情を賛美する祖母に出会うなど、様々な出来事を経て変わっていく。そして、最後には新しく生まれ変わるに至る姿が、鮮やかな映像とともに描かれている。

主演の2人もこの映画のポップなテイストに合っている。佐藤ミケーラは元「アイドリング!!!」メンバーとのこと。モトーラ世理奈はもともとモデルだが、映画でもいい味を出している。個性的な俳優だ。

30分弱でサクッと観れるので、まあ観ておいてもいいと思う。イリエナナコ監督はその後目立った監督作はないようだが、もしかすると今後大化けするかもしれない。主演の2人の弾けた演技もなかなか良い。

◆「愛しのダディー殺害計画」
(2019年 日本)(上映時間28分)
監督・脚本:イリエナナコ
出演:佐藤ミケーラ、モトーラ世理奈、岡慶悟、細川佳央、矢野陽子、久保田芳之、川上史津子、濱田龍司、四條久美子、齋田吾朗
*Vimeoにて英語字幕付きで公開中
ホームページ www.itoshinodaddy.com/
配信サイト https://vimeo.com/701165025/87aa309de6


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