映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アズミ・ハルコは行方不明」

「アズミ・ハルコは行方不明」~第29回東京国際映画祭コンペティション作品)
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて。2016年10月30日(日)午後2時50分より鑑賞。

いうまでもなくドラマの基本は、時間経過に沿って描くことだ。その方が登場人物の心理の変化がわかりやすいし、行動にも納得がいく。とはいえ、あえてそれを無視して時系列を入れ替えたドラマも多い。わかりやすさという点では劣るが、謎めいた展開が続き、それが衝撃につながる。

第29回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、その後2016年12月3日から一般公開された「アズミ・ハルコは行方不明」(2016年 日本)は、山内マリコの小説を『アフロ田中』『私たちのハァハァ』などの松居大悟監督が映画化した作品。タイトル通りに、蒼井優扮する主人公の安曇春子(アズミ・ハルコ)が行方不明になる話だが、彼女が途中でスクリーンから消えることはない。

なぜか? それは時制をバラバラにしているからだ。彼女が行方不明になる前と後がランダムにバラまかれ、そこに様々なエピソードが絡んでくる。実にユニークでアバンギャルドな映画である。

ある郊外の街。実家で両親と祖母と暮らす27歳の独身OL安曇春子(蒼井優)。家では両親と認知症の祖母と暮らし、ストレスのたまる毎日。そして会社でも、安い給料の上、社長と専務のセクハラ発言にさらされていた。ある日、彼女は男だけを無差別に襲う女子高生のギャング団に暴行された幼なじみの曽我と再会する。一方、20歳の愛菜(高畑充希)は、成人式の会場で中学時代の同級生、ユキオと出会う。ユキオと友人の学は、“キルロイ”と名乗って、行方不明になった安曇春子のポスターをモチーフにしたグラフィティアートを描き始める……。

中心になるのは安曇春子のドラマ。家でも職場でも満たされない日々を送っている彼女は、再開した幼なじみに安らぎを見出そうとするが、それもやがてうまくいかなくなる。

それと並行して描かれるのが、20歳の愛菜という女の子のドラマだ。これといった目的もなく毎日を過ごす彼女は、ユキオという中学時代の同級生と出会い、彼との恋愛で心の隙間を埋めようとするが、なかなかうまくいかない。

そのユキオは学という友達とともに、覆面アーティストのバンクシーに憧れて、“キルロイ”という名前でグラフィティアートを始める。それは行方不明になった安曇春子の捜索ポスターをもとにした作品。それがSNSなどでどんどん拡散していく。

そしてもう一つのエピソードが、女子高生ギャングの大暴れ。彼女たちは、男たち(特に女子高生を性的対象にする)を集団でボコボコにしていく。

こういうエピソードが、それぞれ時制をバラバラにして登場する。そのため、とてもわかりにくい映画になっている。展開を追うだけでも一苦労。途中までは、いったいこの映画が何を描こうとしているのか、さっぱりわからなかった。

とはいえ、つまらなかったわけではない。「何じゃ? こりゃ」と唖然としながらも、謎だらけの展開に引き込まれてしまった。登場人物の行動の動機付けは不明なまま進むのだが、それが確実に「今」の時代を象徴しているのは間違いない。それを躍動感タップリに描くので、つい目が離せなくなる。女子高生ギャングの暴れっぷりなど、良い意味で常軌を逸している。ぶっ飛び方がハンパではない。

終盤になって、ようやくこの映画が描いたものが見えてきた。それは迷いに迷って袋小路に入り込んだ愛菜に、安曇春子が放った言葉。男社会に抑圧され、男に翻弄される女性に対して力強く背中を押すメッセージだ。たくましく生きろ。自分で道を切り拓けと……。そう。安曇春子が行方不明になったのは、満たされない現状とオサラバして、新たな道へ進むための逃避行だったのだ。

エンディングもユニークである。軽快に逃走しまくる女子高生ギャングたちを、アニメなども使いながらファンタスティックに描く。青春映画らしい爽快感あふれるエンディングだ。愛菜は年上の安曇春子に背中を押されたが、女子高生たちはすでに軽々と障壁を超えているのかもしれない。

閉塞感に包まれた安曇春子を演じた蒼井優の演技が見事だ。こんなに時制をバラバラにされたら、ドラマ的に心情を追いにくいものだが、彼女の心理はきっちりと伝わってきた。昔はただの癒し系女優だったが、いまや押しも押されもしない実力派といって差し支えないだろう。

それにしても、あまりにもユニークな映画である。正直わかりにくいし、素直に感動したり、涙を流すような映画ではない。オレが観た映画祭の関係者向け上映でも、客席の反応は賛否両論あったように感じられた。

それでも、世代の違う女性たちの葛藤と、そこからの跳躍を中心に、今の時代をとらえている作品なのは確かだろう。聞くところによると、作りでは20代~30代が中心らしい。まさに、その世代でなければつくれない若々しさに満ちた映画だ。安曇春子と愛菜のドラマに比べて、女子高生ギャングのドラマが希薄だったりと、気になるところはいくつもあるし、完成度が高い映画だとも思えない。しかし、それを凌駕するような魅力を持った作品で、個人的にはとても面白く鑑賞できた。一見の価値はあると思う。

●今日の映画代、0円。東京国際映画祭の関係者向け上映なので。