映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「幸せなひとりぼっち」

「幸せなひとりぼっち」
シネマカリテにて。2016年12月21日(水)午後12時より鑑賞

スーパーに行って、1つ260円の惣菜が「2つで500円!」などと表示されていると、つい迷ってしまう。一人暮らしゆえ、2つも買う必要はないのだが、1つしか買わないのは何だか損するような気がしてしまう。しかし、やはり2つは不要である。とはいえ、1つしか買わずに割高の金を払うのは嫌だ。などと迷った挙句に、結局1つも買わずに帰って来るというワケのわからない行動をとるオレなのであった。

そんな状況下をものともしないツワモノがいた。スウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」(EN MAN SOM HETER OVE)(2015年 スウェーデン)の主人公のオッサンである。

映画の冒頭は、主人公の59歳の男オーヴェ(ロルフ・ラスゴード)が花束を買うシーン。彼はレジでクーポンを使おうとする。それは1束500円の花束を「2束で700円にします」というクーポン。しかし、オーヴェは「1束だけ買うから350円にしろ!」と要求するのだ。

そうか、その手があったか! て、感心している場合ではない。そんなことが通用するはずがない。ただのイチャモンである。何だか大阪のオバチャンあたりも、やっていそうな行状ではないか。などというのは、大阪のオバチャンに対する偏見か。ゴメン。

まあ、何にしてもこのシーンだけで、オーヴェがどれほど嫌なヤツかがわかる。彼は元自治会長ということもあって規律に厳しく、しかも性格が最悪。なので、近所の嫌われ者だ。そして、最愛の妻ソーニャを亡くしている(花束は墓前に供えるもの)。さらに、長年勤めた鉄道局もクビになってしまう。

人生に絶望したオーヴェは自殺を図る。ところが、その瞬間に隣の家にイラン人一家が大騒ぎしながら引っ越してくる。それで自殺できなかったオーヴェは、性格の悪さ全開で彼らに悪態をつくものの、一家の陽気な主婦パルヴァネは、何かと彼を頼りする。最初は苛立ちを隠せないオーヴェだったが、次第に彼らに心を開くようになる……。

というわけで、偏屈で嫌われ者のオッサンが、隣家の一家との交流によって変化していくドラマ。それ自体は、けっして珍しい筋立てではないが、巧みな作り方によって味のある映画に仕上がっている。

何よりもいいのがオーヴェのキャラ設定だ。彼はとにかく嫌なヤツだが、どうやら昔からそうだったわけではないことがわかってくる。それというのも、誰かに頼られると悪態をつきながらも、結局は引き受けてしまうのだ。それを見ていると、「コイツ、根はいいヤツかも……」と思ってしまう。

おまけに、この映画は(特に前半は)オーヴェの回想がかなりの部分を占める。そこで描かれるのは、母が死んで正直者の父と暮した幼い頃、その父親の死、亡き妻との出会いと愛の日々などなど。それが生き生きと、キラキラと描かれるのがとても効果的だ。オーヴェがどういう人生を送って、なぜ今のようになったかが自然に伝わってくる構成になっている。だから、観客はオーヴェを嫌いになれないのである。

全体に笑いが散りばめられているのも、この映画の特徴だ。あまりにも頑固なオーヴェの姿が笑いを誘う。彼が何度も自殺を図りつつ、そのたびに邪魔が入って思いを遂げられないという構図も、そこはかとない笑いを誘う。

後半は、オーヴェとイラン人一家との交流が中心になる。パルヴァネに車の運転を教えたり、旦那がケガして病院に送って行ったり、子供たちの面倒を見る羽目になったり。あれほど嫌っていた野良猫まで、行きがかり上家で飼うことになる。オーヴェが少しずつ変化する様子を、観客はほほえましく感じるはずだ。

そのまま大団円かと思いきや、終盤には波乱が待っている。あることがきっかけで、再び頑なな態度を見せるオーヴェだが、パルヴァネの言葉によって、かつて妻と自分の身に起こった悲劇、それを乗り越えた日々などを告白する。それはあまりにも過酷だが、同時に奇跡にいろどられた輝かしい日々。こうして全てを告白したオーヴェは、地域住民たちと団結して、かつての親友を守る。

ラストはただのハッピーエンドではない。しかし、間違いなく幸せな結末だ。そこではオーヴェと妻との愛を強くスクリーンに刻みつける。妻の死によって嫌われ者になったオーヴェだが、それでも最後の最後は幸せだったと実感させられる。観客を温かな気持ちに誘ってくれるエンディングである。

主人公のオーヴェを演じたロルフ・ラスゴードはスウェーデンの国民的俳優らしいが、さすがに奥深さを感じさせる演技である。パルヴァネ役のバハー・パールの演技も味がある。

この映画はスウェーデンの人気小説家フレドリック・バックマンの小説の映画化で、2015年にスウェーデンで公開され、スウェーデン映画史上歴代3位となる興行成績を樹立したとのこと。笑って、ちょっぴり涙して、最後はホッコリできるのだから、大ヒットするのも納得である。観て損はない映画だと思う。

●今日の映画代、1000円。シネマカリテは毎週水曜がサービスデーなので。