映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ムーンライト」

「ムーンライト」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年4月4日(火)午後3時50分より鑑賞(スクリーン2/E-11)。

アカデミー賞がどれほどのものだ? ただのアメリカの映画賞だろう……。と言う人がけっこういる。まあ、そう言いたくなる気持ちもわからんではないが、何しろあれだけ歴史のある映画賞なんだし、頭から否定することもあるまい。実際、毎回の受賞&ノミネート作品を観れば、それなりに面白かったりするわけだし。

というわけで、「ムーンライト」(MOONLIGHT)(2016年 アメリカ)を鑑賞してきた。話題の「ラ・ラ・ランド」などを押しのけて、今年の第89回アカデミー作品賞を受賞した作品だ(脚色賞、助演男優賞も受賞)。

シャロンという黒人少年の成長を3部構成で描いた映画である。1部は主人公の少年時代。シャロンはマイアミの貧困地域で母ポーラ(ナオミ・ハリス)と暮らしている。だが、ポーラは麻薬に溺れ、男出入りが激しく、シャロンには居場所がない。しかも、彼は体が小さいため、学校でリトルとあだ名されて、いじめられている。そんな中、シャロンを救ったのは近所の麻薬の売人フアン(マハーシャラ・アリ)だった。彼とその恋人テレサ(ジャネール・モネイ)は、シャロンと親しく交流する。

シャロンにとって2人は父親と母親のような存在だ。特にフアンは「自分の道は自分で決めろ」と諭し、シャロンに大きな影響を与える。フアンは1部にしか登場しないのだが、その影響力はその後もスクリーンに反映される。それを演じたアカデミー助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリの存在感が抜群である。

一方、シャロンには唯一心を許せるケヴィンという幼なじみがいる。彼との関係が、その後のシャロンの人生に大きな影を落とす。

そして2部。シャロンは高校生になっている。母ポーラの麻薬中毒はますますひどくなり、売春までしている。フアンはすでに亡くなったものの、テレサが彼をサポートする。その一方で、シャロンは学校で以前よりも手ひどいいじめを受けている。同時にケヴィンとの友情は、それ以上の思いへと変わりつつある。しかし、その信頼していたケヴィンもイジメに巻き込まれ、最後は大きな出来事に発展する。ラストの衝撃の展開。ああいう行動しかとれなかったシャロンの屈折した心情が、何ともやるせない。

最後の3部は成人したシャロンを描く。施設に入った母親のために転居した彼は、そこで麻薬の売人となって羽振りをきかせている。そんな中、思わぬ電話がかかってくる……。

3部構成ながらぶつ切りの感じはまったくない。各パートのセリフや行動がうまくつながり、1本のドラマとしてきちんと成立している。シャロンを演じる役者もパートごとに違うのだが(少年時代はアレックス・ヒバート、高校生時代はジャハール・ジェローム、成人後はトレヴァンテ・ローズ)、不自然さは感じられない。見た目は違っても、内面はきちんと連続している。

そして、この映画の最大の特徴となっているのが映像である。カメラをぶんぶん回したり、極端なアップにしたり、わざとピントをぼかすなどの大胆な手法を使いつつ、登場人物の心理を繊細に切り取る。主人公のシャロンが徹頭徹尾無口だということもあって、セリフは必要最低限。それでも多くのことが映像から伝わってくる。シャロンの悩み苦しみはもちろん、ポーラやフアン、ケヴィンなどの心理が手に取るようにわかる。

タイトルにある「月の光」を効果的に使うなどした、美しい映像も印象的だ。特に海や浜辺でのシーンは、幻想的な美しさである。

同時に音楽の使い方も抜群に巧い。クラシック風な音楽から、ヒップホップ、ソウル、ジャズ、はてはカエターノ・ヴェローゾの名曲「ククルクク・パロマ」まで、多彩な音楽を映像に乗せて、場面ごとにふさわしい世界を構築していく。

この映画には、ほぼ黒人しか登場しない。また、同性愛という要素もある。しかし、それらは要素の一つにしか過ぎない。全体を通せば、困難を背負いつつも自立し、傷つきながらも前に進む少年の、普遍的な成長物語になっている。同時に普遍的なラブストーリーとして観ることもできる。

3部の最後、つまりオーラスの場面。あっけないぐらいに短いシーンで、一瞬「これで終わりか?」と思ったりもしたのだが、あとで考えるとやはりあれしかなかったのだろう。それは、逆境をはねのけるため、精いっぱい見栄を張り、肩ひじを張って成り上がったシャロンが、ようやく自分に素直になれた瞬間なのかもしれない。何にしても余韻の残る美しいシーンである。

ラ・ラ・ランド」のような派手さも楽しさもここにはない。しかし、人間を描き切ったという意味では、見事としか言いようのない作品だと思う。これが長編2作目という新鋭バリー・ジェンキンズ監督、スゴイ仕事をしたものだ。小品ではあるものの心にしみる映画である。

こういう作品を受賞作に選ぶのだから、アカデミー賞にはやはり要注意だぜ!

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