映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「人生タクシー」

「人生タクシー」
新宿武蔵野館にて。2017年4月19日(水)午前10時10分より鑑賞(スクリーン1/C-8)。

東京・新宿にある新宿武蔵野館は老舗の映画館だ。1920年に設立され、様々な変転を経て、現在は新宿三丁目の武蔵野ビル3階にある3スクリーンのミニシアターとなっている。シネコン全盛の昨今だが、近くにある系列のシネマカリテともども、土日はもちろん、平日もけっこうな観客でにぎわっている元気な映画館だ。オレもこれまでに何度も足を運んできた。

さて、その新宿武蔵野館だが、ビルの耐震工事のためしばらくの間休館していた。再オープンしたのは昨年11月。さっそく足を運ばねばと思ったものの、なかなかその機会が訪れなかった。そして、ようやく本日参上した次第。

館内に一歩足を踏み入れると何だかシックで趣のある内装。以前に比べてオシャレな雰囲気がする。3つあるスクリーンのうち、今日鑑賞したのは一番大きいスクリーン1。段差が大きくなり、椅子も新しくなって、見やすくなったと感じる。

そんな記念すべきリニューアル後の初鑑賞作品となったのは、「人生タクシー」(TAXI)(2015年 イラン)という映画だ。この映画のジャファル・パナヒ監督は、2010年にイラン政府から20年間、映画製作を禁止されてしまった。外国に亡命して作品を発表する方法もあるわけだが(実際にそうしている監督もいる)、あえて国内にとどまりゲリラ的に映画を作り続けている。

ベルリン映画祭で最高賞の金熊賞を受賞したこの映画も、異色の作品である。パナヒ監督自らが運転手に扮したタクシーがテヘランの街を走る。そこに乗り込んでくる様々な人々の様子を、車のダッシュボードに備え付けられたカメラで撮影している。

最初に乗り込んだのは「泥棒は見せしめのために死刑にしてしまえ」と訴える男だ。それに対して乗り合わせた女(イラクのタクシーは乗り合いが普通らしい)が「イランは中国に次いで死刑執行が多い国だ」と言って反論し、激しい論争になる。

ところが、男がタクシーを降りる際に語った自分の職業を聞いて爆笑してしまった。これから観る人のために詳細は伏せるが、「お前が言うか!」という感じである。そんなふうにユーモアがたっぷり詰まった映画なのである。

その後もユニークな人たちが乗車する。海賊版DVD(イラン国内で公開禁止の外国映画など)を扱うレンタル業者は、運転手がパナヒ監督だと知って「これは映画の撮影なんだろう?」と尋ねる。はたしてこの映画はドキュメンタリーなのか、劇映画なのか。

金魚鉢を持った2人の婦人も乗り込む。「正午までに泉に行ってくれ」と言う。なぜ彼女たちはそんな行動をとるのか。その理由が笑える。厚い信仰心? ただの迷信? 何にしてもタクシーの中は大騒ぎだ。

交通事故に遭った夫とその妻も乗り込んでくる。夫は血だらけで「もう死ぬ」と弱音を吐く、そして妻への遺言をパナヒ監督のスマホで動画撮影してもらうのだ。どうやら、イランではそうしないと面倒なことになるらしい。

彼らを病院に運んだあとで、パナヒ監督には何度も電話がかかってくる。さっきの妻からの「あの動画を早くくれ」という催促の電話だ。これもまたユーモラスなエピソードである。

そんなテヘランの庶民の悲喜こもごもを、ユーモアたっぷりに描いたのがこの映画だ。とはいえ、それだけではない。冒頭の死刑をめぐる男女の論争は、現在のイランの死刑制度への問題提起につながる。

また、後半にはパナヒ監督の小学生の姪っ子が登場する。実はコイツときたら生意気な女の子で、「レディーにはこうやって接するものよ」みたいな大人びた口をきくのだ。それがまた笑いを誘うのだが、同時に彼女は学校の授業で「上映可能な映画」を撮影しようとしている。そこから、曖昧な基準のまま言論統制が行われるイラクの現状が見えてくる。

終盤では、パナヒ監督自身にも弾圧を受けた心のキズらしきものがチラリと見える。また、その後に乗り込んだ人権派の女性弁護士の口から語られるのは、理不尽な扱いを受けながらも抵抗するイラクの人々の姿だ。彼女自身も弁護士資格停止の危機にあるらしい。

しかし、それを語る彼女の表情は実ににこやかだ。パナヒ監督の表情も穏やかなものだ。大上段に政府批判をしようという気持ちなど、少しもうかがえない。そんな温かさがこの映画全体を包み込んでいる。

ちなみに、この映画、やっぱりドキュメンタリーではなく劇映画だろう。演出意図に沿った都合の良い出来事が続くし、登場人物の言動も演技としか思えない。しかし、そんなことはどうでもよい。厳しい制約の中で、しなやかに、したたかに、庶民の日常風景をユーモラスに描き、そこにさりげない社会批判を盛り込む。そんなパナヒ監督の反骨精神がアッパレな映画である。

●今日の映画代、1000円。新宿武蔵野館の毎週水曜は映画ファンサービスデー(男女共)。:

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