映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「20センチュリー・ウーマン」

「20センチュリー・ウーマン」
新宿ピカデリーにて。2017年6月10日(土)午後1時25分より鑑賞(シアター7/D—-9)。

作家が自分や家族をモデルに書いた私小説があるように、監督が自身や家族をモデルに描いた自伝的、あるいは半自伝的映画もたくさんある。それが単なる私的なドラマで終わらずに、より普遍的で広がりのあるドラマになることによって魅力が生まれる。

「20センチュリー・ウーマン」(20TH CENTURY WOMEN)(2016年 アメリカ)は、前作「人生はビギナーズ」で自身のゲイの父親のことを描いたマイク・ミルズ監督が、今回は母親をモデルに描いた半自伝的作品だ。

描かれるのは1979年のカリフォルニア州サンタバーバラでのひと夏の出来事。主人公はドロシア(アネット・ベニング)という女性。夫と離婚して、40歳の時に生んだ15歳の息子ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)を育てているシングルマザーだ。

彼女の家には、写真家のアビー(グレタ・ガーウィグ)という女性と便利屋のウィリアム(ビリー・クラダップ)という男性が間借りしている。そんな中、思春期を迎えたジェイミーのことが理解できなくなったドロシアは、ある出来事をきっかけに「自分だけでジェイミーを育てるのは難しい。他人のサポートが必要ではないか」と考えて、アビーに加え、ジェイミーの幼なじみジュリー(エル・ファニング)に、その役目を依頼する。

映画の冒頭では、突然、ドロシアの別れた夫が残していった車が炎上する。幸い彼女とジェイミーは無事だったのだが、ドロシアは消火にあたった消防士たちを自宅のパーティーに招待する。何ともユーモラスな光景だ。というわけで、全編にユーモアが散りばめられている映画である。

同時に瑞々しい描写が光る映画でもある。ドラマの中心を貫くのはジェイミーの成長物語。父親がいないこともあって母親ベッタリだった彼が(毎朝、母親と株価の確認をするシーンが象徴的)、思春期を迎えて、教育係となった風変わりな2人の女性と交流する中で、少しずつ成長していく。

だが、それだけでは終わらない。この映画の素晴らしいさは、世代の違う3人の女性たちそれぞれの人生を描いているところにある。

その1人は、ジェイミーの母ドロシア。彼女はかつてパイロットを目指し、その後はキャリアウーマンとして働いてきた先進的な女性だ。しかし、夫と別れ、年をとる中で、孤独や焦燥感を抱えている。それが息子や間借り人たちとの交流を通して露わになってくる。

一方、写真家のアビーは、子宮頸がんの疑いがあり、その原因を作ったらしい母親との確執を抱えて悩んでいる。それでもなんとか乗り越えようと、アクティブに活動を続けている。

また、ジェイミーの幼なじみのジュリーも、家族との確執を抱えて心のバランスを崩し(母親がセラピストというのが皮肉)、奔放な生活を送っている。彼女は夜な夜なジェイミーの部屋にやってきて一緒のベッドで眠っていくものの、それ以上の関係は断固として拒む。

世代の異なるドロシア、アビー、ジュリーだが、悩みや苦しみを抱えつつも、何とか前を向いていこうとする姿勢は同じだ。彼女たちは、それぞれの形でジェイミーに影響を与えていく(後半で、アビーがフェミニズム関係の本をジェイミーに与えて、彼がそれをそのまま受け売りして性的な話ばかりするところが笑える)。

つまり、この映画は少年の成長物語であるのと同時に、個性的な3人の女性たちのドラマでもあるわけだ。

さらに、ドロシア、アビー、ジェイミーの生きた時代が見えてくるのも、この映画の大きな特徴だ。例えば、スタンダードな音楽が好きなドロシアに対して、アビーはパンクやニューウェーブに入れ込み、それがジェイミーにも影響を与える。その他にも、戦争、女性解放運動、政治の動きなど、20世紀の様々時代の様々な社会状況が見えてくる。

その中でも特に印象的なのが、後半に登場するカーター大統領の演説だ。それはアメリカが大きな転換点を迎えていることを訴えるもの。1982年のドキュメンタリー映画コヤニスカッティ」も流れて、よけいに当時の時代性を感じさせる。

ちなみに、女性中心の映画ではあるが、もう一人の間借り人の男性ウィリアムの人生もチラリと描かれる。恋人を追ってヒッピーのコミューンで暮らしてものの挫折し、それ以来本当の愛を見つけられない彼の人生もまた、当時の時代を象徴している。

映画の最後にジェイミーが語るのは、3人の女性たちとウィリアムのその後の人生だ。人生の奥深さを実感するとともに、温かな気持ちにさせられるエンディングである。

ミルズ監督は、3人の女性たちを実に魅力的、かつ肯定的に描き出している。それがこの映画の白眉だろう。演じるアネット・ベニンググレタ・ガーウィグエル・ファニングがいずれも見事な演技を見せている。

「20センチュリー・ウーマン」というタイトルを聞いて、最初は「大げさだな」と思ったのだが、確かにこれは20世紀の女性と彼女たちの生きた時代のドラマである。監督自身の半自伝的映画でありながら、それぐらい広がりのある魅力的な作品になっている。

●今日の映画代、1400円。新宿ピカデリー近くの金券ショップにてムビチケ購入。