映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」

「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」
シネマート新宿にて。2017年6月30日(金)午後12時より鑑賞(スクリーン1/E-12)。

韓国映画を観るオレの目が変わったのは、ホ・ジノ監督の1998年の「八月のクリスマス」からだった。のちに日本でもリメイクされたこの映画は、難病で余命わずかの青年と若い女性交通警官の恋愛映画だが、それまでの韓国映画の熱くて情感過多なイメージとは全く異なり、静謐で抑制的な詩情にあふれた映画だった。

ホ・ジノ監督は、その後も「四月の雪」をはじめ、恋愛映画の名手として活躍してきたわけだが、今回の新作「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」(THE LAST PRINCESS)(2016年 韓国)には驚かされた。史実をもとにした大河ドラマでありながら、エンタメ的要素をきっちり盛り込んだ上質な娯楽作品に仕上がっているのだ。

ドラマは、1960年代の韓国から始まる。ある新聞記者が、大韓帝国最後の皇太子が日本で見つかったという知らせを受ける。そこを起点に過去のドラマが始まる。

日本統治時代の1925年の韓国。その頃、日本は韓国を併合しようとしていた。しかし、大韓帝国初代皇帝・高宗は、これに反対する。その直後に、彼は亡くなってしまう。この映画では毒殺が強く示唆される。まもなく、日本の意を受けた側近によって、高宗の娘である徳恵翁主(トッケオンジュ)は、本人の意思を無視して13歳で日本に留学させられてしまう。いわば日本が人質に取ったわけだ。

当初は学校を卒業したら帰国させるという約束だったのに、大人になっても徳恵(ソン・イェジン)は帰国させてもらえない。そんなある日、彼女は幼なじみのジャンハン(パク・ヘイル)と運命の再会を果たす。しかし、彼は大日本帝国陸軍少尉になっていたため、徳恵は大いに落胆する。ところが、まもなく意外な事実が判明する。実はジャンハイは、秘かに朝鮮独立運動に参加しており、王朝復興のために徳恵と兄の皇太子を上海へと亡命させる計画を練っていたのだ。

このドラマは史実をベースにしつつ、大胆にフィクションも盛り込んだエンターティメント映画だ。大きな柱は、時代に翻弄され、権力者によって人生を狂わされた徳恵の悲劇のドラマである。

そこにはロマンスもある。幼い頃に心を通わせた徳恵とジャンハイが再会し、朝鮮独立のために行動するうちに強く結びついていく。

また、サスペンスや活劇の要素もある。ジャンハイたちは、紀元節の式典で爆弾を爆発させ、そのすきに徳恵と兄の皇太子を亡命させようと画策する。それに向かってどんどん緊迫感が高まっていく。その後には逃走劇や銃撃戦も用意されている。どれもスリリングで見応えタップリだ。

追手を逃れて徳恵とジャンハイは、隠れ家に隠れる。そこで負傷したジャンハイを徳恵が看病して、2人で抱き合いながら眠るシーンが美しい。抑制的ながら2人の愛をクッキリとスクリーンに焼き付ける。さすが恋愛映画の名手ホ・ジノ監督だけある。しかし、その後には悲しく、切ない別れが待っている。

そこでドラマは、1960年代へと戻る。冒頭に登場した新聞記者は、日本で徳恵の兄の皇太子と会い、さらに消息不明の徳恵の行方を探そうとする。彼女はある日本人男性と結婚したものの、やがて終戦を迎え、韓国へ帰国しようとしたのだ。だが……。

終盤のドラマにはひたすら感情を揺さぶられた。徳恵が受けた余りにも理不尽で悲しい仕打ち。それによって心を病んだ彼女の現在の姿。まさに涙なしには観られない展開が続く。

それでも、やがて悲しみの涙は感動の涙へと変わる。新聞記者の熱意によって、止まったままだった徳恵の時計が再び動き出す。なにゆえ、彼はそこまで必死になるのか。そう。彼こそがあの人物だったのだ。

ラストのかつての王宮でのシーン。徳恵と新聞記者の後姿が大きな余韻を残して、波乱のドラマが幕を閉じる。

このドラマの舞台はほとんどが日本だ。そのため日本語も多く飛び出す。そこに不自然さはほとんどない。さらに、日本人キャストとして戸田菜穂も出演している(皇太子の妻役)。

そして、何といっても日本統治時代の話であり、日本の非道さが描かれる。ただし、ホ・ジノ監督は声高にそれを糾弾したりはしない。例えば、徳恵の敵役には日本人でなく、日本の意を受けた韓国人の官僚を配置するなど、一面的な描き方を排している。とはいえ、強制連行された労働者たちの姿などを見るにつけ、かつての日本がやったことが胸を締め付ける。

それにしても観応え十分の作品である。忘れられた歴史のドラマであり、悲劇の皇女を描いた切ない人間ドラマであり、ロマンスやサスペンス、活劇の要素まで詰め込まれている。韓国の歴史を知らない日本人が観ても、十分に楽しめるはずだ。

そして、最後にどうしても触れておかねばならないのが、徳恵を演じたソン・イェジンの演技である。「私の頭の中の消しゴム」のころと比べて、格段に進化した演技。特に後半の深い絶望に追い込まれた演技は圧巻だ。いまや完全に演技派女優になったといってもいいだろう。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの金曜のサービスデーで。