映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ディストピア パンドラの少女」

ディストピア パンドラの少女」
新宿バルト9にて。2017年7月1日(土)にて午後12時20分より鑑賞(シアター2/E-7)。

ゾンビ映画なんて、どれも似たようなものだと思っている人も多いのでは? 確かに、お決まりのパターンの連続で新味も何もない映画も存在する。だが、従来とは違う仕掛けを施した新機軸のゾンビ映画も、いまだに登場し続けているのである。

ディストピア パンドラの少女」(THE GIRL WITH ALL THE GIFTS)(2016年 イギリス・アメリカ)は、まさにそんな新機軸を打ち出したゾンビ映画だ。M・R・ケアリーのベストセラー小説を著者自身による脚本で実写映画化。監督は「SHERLOCK/シャーロック」などテレビドラマを中心に活動してきたコーム・マッカーシーである。

舞台は近未来。怪しく、謎めいた雰囲気に包まれてドラマがスタートする。登場する一人の少女メラニー(セニア・ナニュア)。何やら刑務所のような部屋にいる。そこに「移動!」の掛け声とともに、兵士が銃を構えて部屋に入る。そして、メラニーは車椅子に拘束されて移動させられる。

他の子供たちとともに一つの部屋に集められたメラニーは、そこで授業を受ける。教えるのはヘレン先生(ジェマ・アータートン)。メラニーは聡明で純真な心を持ち、ヘレン先生から目をかけられている。ヘレン先生は、メラニーの求めに応じて子供たちにギリシア神話を話して聞かせる。

もちろん、その間も子供たちは拘束されたままだ。いったいなぜなのか? まもなくその理由がわかる。その子供たちは、人間の匂いをかぐと狂暴になり、人間を食おうとするのだ。

物語が進むうちに、その近未来で何が起きているのかが明らかになる。地球では真菌の突然変異により、感染した人間は思考能力をなくし、生きた肉のみを食す「ハングリーズ」になってしまう。彼らは当然人間も食らう。まさにゾンビそのものだ。そういう人間がうじゃうじゃ増えた社会なのである。

そんな中、感染を免れた人々はフェンスに囲まれた基地内で、兵士たちに守られて暮らしている。そして、ロンドン郊外の基地には、不思議な子供たちが集められ監視下に置かれていた。それは「二番目の子供たち(セカンド・チルドレン)」と呼ばれる子供たちだ。彼らは感染しているにもかかわらず、思考能力を維持し、ふだんは普通の状態を保っていた。メラニーは、そのセカンド・チルドレンの一人だったのだ。

前半はチラチラと情報が小出しにばらまかれ、謎が謎を呼んで、緊迫感が高まっていく。近未来が舞台ということでSFチックな雰囲気もある。観ていて思ったのは、カズオ・イシグロの小説を映画化した2010年のイギリス映画「わたしを離さないで」と共通するテイストが感じられることだ(あちらは臓器提供に絡んで集められた子供たちだったが)。

そして、ドラマは途中で大きな転機を迎える。実は、セカンド・チルドレンは科学者のキャロライン博士(グレン・クローズ)の実験対象で、博士は彼らの脳からワクチンを製造しようとしていたのだ。そして、いよいよ博士の狙いはメラニーの脳に……。

ラニーが解剖される寸前に、感染した大量の人間たちが、基地を襲撃する事件が起きる。その混乱の中、メラニーたちの逃走劇が始まる。そこにはヘレン先生だけでなく、キャロライン博士とメラニーに厳しく当たる軍曹なども行きがかり上加わる。

ここからは、定番のゾンビものの展開が前面に出る。ロンドンの街を何度もゾンビに襲われそうになりながら、あわやのところで逃げるメラニーたち。

そこでユニークなのは、ゾンビには思考能力がないため、足音を立てずに、目を合わせなければ気付かれないという設定だ。佃煮のように大量に存在するゾンビの間隙を縫って移動する場面は、実にスリリングである。

とはいえ、メラニーは普通の人間とは違う。彼女が単独行で偵察&食糧調達に出る場面では、彼女は人間こそ食べないものの、猫やハトなどを食らう。そこで観客は「ああ、やっぱり彼女もゾンビなんだ」と再確認し、いつまた凶暴化するかわからない恐怖にハラハラするのである。

依然としてメラニーの脳を狙う博士、メラニーを守ろうとするヘレン先生などが絡み合って、終盤には大きな波乱が起きる。あくまでも人間でいたいメラニー。その思いと現実のギャップが切ない哀愁を漂わせる。そんな様相を意表を突いた形で表現したエンディングも印象的だ。その後の彼女たちの、そして地球の運命に思いをはせずにはいられない。

この映画、映像もなかなか見事である。基地内の無機質なようす、逃避行の途中で描かれる基地周辺の美しい自然、そしてロンドン市内の荒廃した街の風景、さらに感染者たちが変化した樹木の強烈な不気味さなど、印象的な映像が次々に飛び出す。

撮影時は12歳だったというメラニー役のセニア・ナニュアの演技もなかなかのもの。だが、この映画で一番目立つのは、大ベテラン女優のグレン・クローズの怪演だろう。何やらマッド・サイエンティスト的な側面も持つキャロライン博士を存在感たっぷりに演じている。

独特の世界観に彩られたゾンビ映画の新機軸である。ただ怖いだけのゾンビ映画とは明らかに違う雰囲気を持つ。底知れぬ不穏さやダークな詩情さえ漂っている。ゾンビ映画が苦手な人も一見の価値がある作品だと思う。

●今日の映画代、1100円。毎月1日のサービスデーで。