映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハートストーン」

「ハートストーン」
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2017年7月17日(月)午後1時30分より鑑賞(F-6)。

青春というとキラキラ輝くまばゆい日々というイメージがあるが、実際は影の部分だってたくさんある。感受性豊かな時期であるがゆえに、思わぬ方向に人生が転がってしまうことだってあるだろう。それによって傷つく人も現れるはずだ。青春には残酷な側面も存在するのである。

「ハートストーン」(HJARTASTEINN)(2016年 アイスランドデンマーク)という映画は、そんな青春の光と影の両面を切り取った作品だ。アイスランドの漁村を舞台にした思春期を迎えた少年少女たちのドラマである。

アイスランドの小さな漁村に暮らすソール(バルドゥル・エイナルソン)とクリスティアン(ブラーイル・ヒンリクソン)。幼なじみの彼らは、いつも一緒に行動する大親友だった。そして今、彼らは思春期を迎えている。

映画の冒頭では、彼らを中心に数人の子供たちが魚の群れを発見して、魚を捕まえる。だが、ソールがその魚を家に持って帰ると、母親は「どうせ盗んだんでしょ」と相手にしない。このシーンを観ただけで、かなり屈折した青春ドラマであることがわかるはずだ。思春期の子供たちの無邪気さと、思うにまかせない現実がそこに見える。

ソールとクリスティアンは、特別な子供ではない。捨てられた廃車を壊し、ワルぶってツバをはきまくり、そこにあったエロ写真ではしゃいだりする。あの年頃の子供にはよくある行動だ。そして、いかにも思春期らしく、自分の体の変化に戸惑ったり、性的な興味が高まったりもする。

この映画では、彼らと家族との関係も描かれる。ソールの父は家を出てしまい、母親はいろいろな男たちとつきあうものの、うまくいかないようだ。また、ソールは自由奔放なラケルと芸術家肌のハフディスという対照的な2人の姉妹に囲まれて暮らしていて、彼女たちとの関係も一筋縄ではいかない。

一方、クリスティアン父親は暴力的な男で、妻や息子を殴ることも珍しくない。しかも、彼はゲイを毛嫌いしているようだ。このことも、クリスティアンの行動に大きな影響を与える。

そして、このドラマの大きな転機になるのがソールの恋だ。ソールは大人びた美少女ベータ(ディルヤゥ・ヴァルスドッティル)に恋をするが、なかなか告白できない。それを親友であるクリスティアンが後押しして、何とかうまくいかせようとする。クリスティアン自身も、ベータの女友だちのハンスから好意を持たれ、4人は行動を共にするようになる。

こうして4人の少年少女の青春の日々が瑞々しく描かれる。そこで目を引くのが、繊細な心理描写である。何気ない日常のちょっとした表情やしぐさから、思春期の彼らの揺れ動く心情を余すところなく描き出す。例えば、ただのゲームでキスをする時の表情の変化で、心の内にあるものを映し出したり……。

監督は本作が長編デビューとなるアイスランドのグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン。自身の少年時代にインスピレーションを得たそうだが、それにしても才気あふれる演出だと思う。

そんな繊細な心理描写を通して、観客はある事実に気づくことだろう。クリスティアンにはソールに対するある秘めた思いがあったのだ。それをチラリと見せるカメラワークが心憎い。それがあるから、後半に用意された急展開が不自然に感じられない。

雄大な自然、どんよりした空など、アイスランド独特の気候や風土も、このドラマに味わいを加えている。

同時に、どこかに死の匂いがつきまとうのも、この映画の特徴かもしれない。映画の冒頭の魚を捕るシーンでは、子供たちがカサゴを「醜い」と罵倒してグチャグチャにする。その後も、野犬に襲われた羊など、ところどころに死と密接に結びついたシーンが登場する。

やがて、死の匂いはソールにもふりかかる。クリスティアン父親によって、半ば強制的に急な崖を下らされて、そこで死の恐怖を身近に感じる。

そうやって不穏な空気が積み重なる中で、終盤には事件が起きる。ソールの姉たちが開いたホームパーティーで、姉ハフディスがソールとクリスティアンをモデルに描いた絵が見つかり、そこに居合わせた友人たちが騒然となる。そして……。何とも重たく、切ない展開である。

ソール役のバルドゥル・エイナルソンとクリスティアン役のブラーイル・ヒンリクソンのキャストが素晴らしい。小柄で黒髪でリヴァー・フェニックスを思わせるエイナルソンと、金髪の北欧系美少年のヒンリクソンのコンビが、この映画をさらに輝かせている。

映画のラストには、カサゴが海に放たれて泳ぎだすシーンが用意されている。それは、心のままに生きることができなかったクリスティアンを投影したものなのだろうか。もしかしたら彼だけでなく、息苦しさを抱えながら生きるすべての思春期の子供たちを象徴しているのかもしれない。

青春の輝きと残酷さが繊細な心理描写で綴られた、心を揺らす一作である。


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