映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「きっと、いい日が待っている」

「きっと、いい日が待っている」
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2017年8月6日(日)午後12時55分より鑑賞(スクリーン1/H-7)。

デンマークというと福祉国家のようなイメージがあるが、実際はどうなのだろうか。たとえ手厚い福祉制度があっても、血が通った運営が行われなければ、きちんと機能しないのではないだろうか。少なくとも1960年代の養護施設には、それを証明するような恐ろしい事例があったようだ。

「きっと、いい日が待っている」(DER KOMMER EN DAG)(2016年 デンマーク)は、1960年代にデンマーク児童養護施設で起きた実話を基にしたドラマである。そこでは、何ともおぞましい事実が描かれている。

アメリカのケネディ大統領による、月面に人間を送るアポロ計画に関する演説から映画はスタートする。実はこれが、この映画のストーリーに厚みを与える役割を果たしている。

そんな月面への到達に憧れ、将来は宇宙飛行士になりたいと願っているのが10歳の少年エルマー(ハーラル・カイサー・ヘアマン)だ。彼と13歳の兄のエリック(アルバト・ルズベク・リンハート)は母親と3人で暮らしている。父は自殺して母は病弱にもかかわらず、必死で働いているが生活は楽にならない。

ある日、その母がガンと診断されて入院してしまう。叔父が兄弟を引き取ろうとするが、彼は定職に就いていないことから役人に拒否され、兄弟は養護施設に送られることになる。

しかし、この施設がとんでもない施設だったのだ。強権的なヘック校長(ラース・ミケルセン)のもとで、軍隊的な規律に従った生活を強いられるだけでなく、しつけという名目で体罰が横行していたのである。上級生によるイジメもある。兄弟はそれに否応なく巻き込まれ、過酷な生活を送るようになる。

というわけで、「これでもか!」というような体罰シーンが続く映画だ。それだけではない。施設には少年愛の嗜好を持つ教師もいて、少年たちを餌食にしている。エルマーも彼から性的虐待を受けてしまう。

イェスパ・W・ネルスン監督は、目をそむけたくなるような描写をできるだけ避けているのだが、それでも嫌悪感を覚えずにはいられない。特にヘック校長の恐ろしさには背筋が凍り付く。まるでサイコパスのような冷徹な目で子供を見下し、いったん怒りが爆発すれば留まるところを知らない。

ちなみに、ヘック校長を演じるラース・ミケルセンは、ハリウッド映画などでも活躍するあのマッツ・ミケルセンのお兄さんだそうだ。弟もかなりのくせ者ぶりを発揮しているが、こちらも負けず劣らずアクの強い演技である。

そんな嫌な場面が続いても、スクリーンから目が離せないのは、一生懸命に生き延びようとする兄弟の健気さが伝わってくるからだ。兄のエリックは「ここでは幽霊になるしかない」と覚悟し、脚の悪い弟をかばいながら何とか前を向こうとする。

また、施設には新任の女性教師のハマーショイ先生がいて、弟のエルマーに読み書きの才能があると知ったことから郵便係を任せるなど、兄弟に優しく接してくれる。ただし、そんなハマーショイ先生も、校長や他の教師の体罰を止められず、やがて施設を去っていく。

中盤では性的虐待を繰り返す教師に対して、エリックが機械に細工して大けがを負わせるような胸のすく場面もあるのだが、基本はつらい場面が続く。多少希望の光が見えることもあるが、そのたびにことごとく潰されて、事態はますます悪化してしまう。

それでも兄弟は「クリスマスになれば母のもとに帰れる」と、じっと耐え続けるのだが……。

後半も様々な波乱が起きる。しかし、どんなに過酷な出来事が続いても、絶望して席を立ってはいけない。その先に待っているのはスリリングでありながら、同時にファンタスティックな破格のクライマックスだ。

ある出来事から苦境に陥った兄を救おうと奮闘するエルマー。そこでは、かつて施設で親切にしてくれたハマーショイ先生も大きな役割を果たす。そして、紆余曲折の果てにエルマーは、決然と行動する。そうである。ついに、彼は自らが憧れる宇宙飛行士になり、月面へと旅立ったのだ。

子供の純真な想像力が過酷な現実をぶっ壊すことを印象付けたこのシーンは、まさに名シーンといってもいいだろう。このシーンだけでも観る価値のある映画だ。そして、その結末を知った時に、観客はハマーショイ先生とともに感動の涙を流すに違いない。

ラストには兄弟の思いが、他の子供たちにも届いたことを告げるとともに、それでもこの出来事がいかに罪深く、深刻なものであったことかを付記して映画は終わる。

この映画は、デンマークアカデミー賞で作品賞をはじめ6部門に輝いたそうだが、なるほど、それに恥じない見事な映画である。嫌悪感を覚える描写も多いが、目を背けずに見つめていれば、子供たちのまっすぐな思いが胸に届き、そして最後にはカタルシスが味わえる。文句なしの秀作だと思う。

●今日の映画代、1500円。ユナイテド・シネマの会員料金で鑑賞。