映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「君はひとりじゃない」

「君はひとりじゃない」
シネマート新宿にて。2017年8月8日(火)午後2時より鑑賞(スクリーン2/C-5)。

年間100本前後も映画を観ていると、予告編を観ただけで、だいたいどんなタイプの映画か想像がつくようになる。ここで取り上げる映画の予告編を観た時も、「傷ついた父と娘の再生」というよくあるパターンの物語だと思った。いや、確かに概要はそうなのだが、実は相当に変わった映画だったのである。

その映画とは、「君はひとりじゃない」(CIALO/BODY)(2015年 ポーランド)。ポーランドの女性監督マウゴシュカ・シュモフスカの作品で、2015年の第65回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。ポーランドアカデミー賞であるイーグル賞でも、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞を受賞している。

病気で母を亡くした娘と検察官の父の再生を描いたドラマ。といっても、そう単純ではない。冒頭からいきなり信じられないシーンが登場する。検察官の父ヤヌシュ(ヤヌシュ・ガヨス)が首つり自殺の現場に到着し、捜査活動を行う。ところが何と自殺した遺体が、いきなり起き上がって普通に歩いていくではないか。

その後も、この映画では、ところどころに死者が普通に現れる。まさに「超自然的」なカラーに彩られた映画なのだ。

ヤヌシュは妻の死をきっかけに、どんなに凄惨な死体と対面しても何も感じなくなっている。産み落としたばかりの赤ん坊を殺害した女性の事件など、様々な事件が登場するのだが、部下がショックを受けてもヤヌシュは平然としている。

そんな父に対して、娘のオルガ(ユスティナ・スワラ)も母の死をきっかけに摂食障害を患うようになり、やせ細っていく。ヤヌシュはそんな娘を前にどう接していいかわからず、両者の関係はギクシャクしている。

ある日、トイレで倒れているオルガを発見したヤヌシュは、ついに彼女を精神病院へ入院させる。すると、そこには、セラピストのアンナ(マヤ・オスタシェフスカ)という女性がいた。彼女は患者たちに対して、思いっきり叫ばせたり、感情をぶつけさせるなどユニークな方法でセラピーを行っている。

いやいや、それだけではない。実はアンナは霊と交信して、死者の言葉を手紙に書いて遺族に渡すという「霊媒師」的な活動も行っていたのだ。彼女がそんな能力を身につけたきっかけは、幼い息子の突然の病死だったという。ヤヌシュとオルガの父娘同様に、彼女もまた喪失感を抱えているわけだ。そして、その死んだはずの息子も幽霊として登場するのである。

まさに奇想天外で、予測不能なシーンが続出する。そのおかげで、「何じゃ、こりゃ?」と思いながらも、スクリーンから目が離せなかった。おまけに、この映画、そこはかとない笑いの要素もある。ユニークすぎる人々が登場し、突拍子もないシーンが相次ぐせいで、大爆笑ではなくクスクス笑えるネタがあちこちに転がっているのである。

父と娘の絆の再生といえば、少しずつ両者の心が打ち解けて、ほつれた糸が徐々にほぐれていくというのが一般的な展開だが、この映画ではそうはならない。2人の関係は終盤まで平行線のままである。

その代わり、ラストではすべてが一気に変化する。その転機となるのはヤヌシュとオルガが暮らす家で起きる数々の異変だ。誰も蛇口をひねっていないはずの水道の水が流れたり、亡き母が生前好きだったらしい音楽が突然流れたり。

それを聞いたセラピストのアンナは、「それは母の幽霊が現れているのだ」と告げ、幽霊との交信を持ちかける。しかし、ヤヌシュは信じない。ところが、終盤近くになってある驚愕の手紙が見つかったことから、ヤヌシュもその申し出を受けることになる。

こうしてヤヌシュとオルガ、そしてアンナの3人はテーブルを囲んで、亡き母の霊と交信しようとするのだが……。

その結果がどうなったのかは伏せるが、これまた何ともユニークで人を食った展開で思わずニンマリしてしまった。そして、その直後に映し出されるヤヌシュとオルガの表情が素晴らしい! セリフはまったくないのに、2人の心情がキッチリと込められていて、父娘の今後の関係を暗示してくれる。こんなに能弁な沈黙の表情はめったにないだろう。

けっしてオカルトチックな映画ではない。幽霊などが登場するが人間を怖がらせるわけではない。死者と生者の境界線は希薄だ。それは、つまり、こういうことではないだろうか。すでに死んだ者もこの世に影響を与え続け、生者と関わり続けている……。ヤヌシュとオルガの父娘の関係を変化させるのも、亡き母の存在である。シュモフスカ監督は、そのことを伝えたかったのかもしれない。

そういえば、この映画では上からのショットがあちこちに挿入されている。それは死者が生者を見守っている視線なのだろうか。

ありきたりではない父娘の再生物語。わかりやすい映画ではないが、その分、いろいろと想像力をかき立てられる。観る人によって解釈が異なる部分も多そうだ。そういう意味でも、ユニークで観応えある映画だと思う。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの会員に料金で鑑賞。