映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」

「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」
新宿武蔵野館にて。2017年8月19日(土)午後12時5分より鑑賞(スクリーン3/C-4)。

相変わらずたくさん作られるナチスをネタにした映画。毎回、「えー! またナチスの映画?」と思ってしまうのだが、それだけ今も世界の人々にとって、ナチスは忘れていけない歴史なのだろう。しかも、同じナチス関連映画といっても、その切り口はバラエティーに富んでいて、結局はどれも面白く観てしまうのだ。

今回観た「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」(ANTHROPOID)(2016年 チェコ・イギリス・フランス)も、予想以上に面白い映画だった。第2次世界大戦の史実を基に、ナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒの暗殺計画“エンスラポイド(類人猿)作戦”を描いた作品である。

舞台になるのはナチスが実効支配しているチェコ。そこにはヒトラーヒムラーに次ぐ、ナンバー3といわれたナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒがいた。彼はユダヤ人大量虐殺に大きくかかわっていた人物である。

そんなチェコに、ヨゼフ・ガブチーク(キリアン・マーフィ)とヤン・クビシュ(ジェイミー・ドーナン)という2人の軍人がパラシュートで降り立つ。彼らはロンドンに本拠を置くチェコ亡命政府からの密命を帯びていた。それがハイドリヒの暗殺を謀る“エンスラポイド(類人猿)作戦”というわけだ。

この映画は、最初から最後まで破格の緊張感に包まれている。ヨゼフとヤンがパラシュートで降り立ったのち、物陰で休んでいると、そこに現地の住人らしき男が現れて、「隠れ家を知っている。明日プラハまで送ってやる」と2人を案内する。ところが、彼は隙を見て2人のことをナチスに密告しようとする。

そうである。同じチェコ人といえども油断はできないのだ。ナチス支配下だけに、ナチスに味方する者も多く、敵なのか味方なのかすぐには判然としない。つい気を許すと寝首をかかれてしまう。そんなギリギリの状況がすさまじい緊張感を生み出すわけだ。

同時にヨゼフとヤンの葛藤も、このドラマの大きなテーマになる。実のところ、2人がハイドリヒの暗殺に成功したところで、すぐにナチスが滅亡するわけではない。むしろ、怒り狂って過激な報復作戦を仕掛けてくる可能性がある。もしかしたら、それによって祖国が消えてしまうかもしれないのだ。

チェコ国内に息をひそめて活動していたレジスタンスたちも、それを心配している。そのため、レジスタンスのリーダーはハイドリヒ暗殺に反対する。ヨゼフとヤンも、そのことに対する葛藤を抱えている。とはいえ、軍人である2人にとって、命じられた作戦を遂行する以外に道はない。

何とかレジスタンスの協力を取り付けた2人は、彼らに紹介された家に身を隠し、ハイドリヒの行動を徹底的に調べて狙撃する機会をうかがう。その過程では、「女と歩いていたほうが疑われないから」という理由で協力してもらった2人の女性とのロマンスも生まれる。

彼女たちと幸せになりたい思いはあるものの、暗殺計画がこのまま進行すればその思いをかなえるのは困難だろう。それでも前に進むしかないヨゼフとヤン。これもまた大きな葛藤だ。つまり、このドラマは葛藤のドラマであり、それがドラマに厚みを加え、全体を引き締めているのである。

ちょっとモノクロっぽい荒々しい映像も、この映画にピッタリだ。重厚な感じがするのと同時に、当時のナチス支配下プラハの空気を的確に表現しているように思える。ショーン・エリス監督の映画を観るのはこれが初めてだが、相当な力量の持ち主だろう。

中盤になっても緊張感はまったく途切れない。それが最高潮に達するのが、暗殺決行の場面である。綿密な計画を練り、同じくパラシュートで送り込まれた仲間とも協力して、いよいよ実行に乗り出そうとするヨゼフとヤン。しかし、直前でレジスタンスのリーダーは暗殺中止を模索する。しかも、ハイドリヒはまもなくパリに移るという。

それでも1942年5月27日、ヨゼフとヤンはついにハイドリヒを狙撃する。そのあたりの経緯は、まるでスパイ映画のような面白さだ。鏡を使った作戦などディテールも凝っている。計画遂行中に思わぬ誤算が起きる展開も、緊張感を倍加させる。

ただし、ドラマはそれで終わらない。そこからが、さらに壮絶な戦いの始まりだ。危惧した通りに、ナチスは激烈な報復を仕掛け、犯人探しに血眼になる。祖国を救うために戦ったはずのヨゼフとヤンだが、それが逆に多くの同胞を死に追いやってしまう。そして彼ら自身もどんどん追い詰められていく。彼らの葛藤は、まだまだ続くのである。

終盤は教会を舞台にした、あまりにも無謀な銃撃戦だ。多勢に無勢で逃げ場もない中で、最後の最後まで戦いをやめないヨゼフとヤンたちの姿からは、歴史に翻弄された男の物悲しさが漂ってくる。

ヨゼフ役は『ダークナイト』3部作などで知られるキリアン・マーフィ。ヤン役は『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のジェイミー・ドーナン。この2人をはじめとする国際色豊かなキャストの演技も、この映画の大きな魅力だ。

というわけで、最初から最後までスクリーンから目を離すことができなかった。サスペンスとして一級品であるのと同時に、歴史の不条理さが胸を打つ作品である。ナチス関連映画には、やはりハズレがないようである。

●今日の映画代、1300円。チケットポート新宿店で鑑賞券を購入。