「草原に黄色い花を見つける」
新宿武蔵野館にて。2017年8月20日(日)午後4時45分より鑑賞(スクリーン2/C-4)。
弟が一人いるのだが、さすがにこの年になるとふだんはほとんど交流がない。とはいえ、子供の頃はもちろん、それなりに兄弟らしく仲良くしていたこともあったんだっけ……。
などという当たり前のことを思い出させてくれたのが、ベトナム映画「草原に黄色い花を見つける」(YELLOW FLOWERS ON THE GREEN GRASS)(2015年 ベトナム)である。ベトナムでベストセラーになった小説を、アメリカ生まれでハリウッドで映画を学んだ後に祖国ベトナムに戻ったという新鋭ヴィクター・ヴー監督が映画化した。ベトナムで大ヒットを記録し、アカデミー外国語映画賞のベトナム代表作品にも選ばれた作品である。
舞台になるのは、1980年代のベトナム中南部の貧しい農村。そこで暮らす兄弟と一人の少女による初恋物語だ。
冒頭近くに登場する農村の田園風景が印象的だ。美しく、のどかで、詩情あふれる風景。それが緩やかな音楽とも相まって、映画全体のトーンを支配している。時代が1980年代ということもあって、ノスタルジックな雰囲気が漂う。
そんな農村に暮らすティエウ(ティン・ヴィン)とトゥオン(チョン・カン)は、いつも一緒に遊ぶ仲の良い兄弟だ。悪ふざけをしてティエウがトゥオンにケガをさせたりもするが、基本的にティエウは弟に何かと気を遣い、トゥオンも兄を慕っている。
そんな2人にダンおじさんは、お姫様と白い虎にまつわる悲しい話を聞かせる。この話は兄弟の心に深く残り、その後のドラマに様々な影響を与える。また、トゥオンが気に入っているヒキガエルとお姫様のファンタジックなおとぎ話も、この映画の後半で大きな役割を果たす。
というわけで、仲の良い兄弟ではあるのだが、そこには年齢の違いがある。あくまでも純真で明るい弟トゥオンに対して、12才の兄ティエウは思春期を迎えて、様々な揺れ動く感情を抱えている。それが、このドラマに波乱をもたらすのである。
まもなく、兄ティエウは近所に住む少女ムーン(タイン・ミー)に恋心を抱くようになる。しかし、そこはやはり初恋。うまく相手に想いを伝えることができない。
そんな時、ダンおじさんが好きな女性に贈った「恋わずらい」の詩のことを、2人の連絡役になっていたトゥオンから聞いたティエウは、その詩を書いてムーンに贈る。しかし、それが先生に見つかってしまうなど、なかなか恋は進展しない。
それでもトゥオンは、兄のことを一生懸命に応援する。兄の恋に横槍を入れて暴力をふるったいじめっ子に対して、彼は敢然と復讐を果たす。そこで、あるものをあたかも凶器の如く使うトゥオンのアイデアが秀逸だ。
そんな中、ムーンの家が火事になる。そして、彼女の母親は父親を捜しに町へ行ってしまう。ムーンは一人ぼっちになってしまい、ティエウは母親から「一晩泊ってあげなさい」と言われる。
こうしてムーンの家で一夜を過ごすことになったティエウ。そこでの2人の交流が何とも初々しい(もちろんヘンなことなんて起きません)。あまりの初々しさに、観ているこちらも思わず微笑んでしまうのだった。
とまあ、ここまでは瑞々しい初恋物語なのだが、やがて波乱が起きる。火事の後、ムーンは母親が迎えに来るまで兄弟の家で過ごすことになる。そうなると、ティエウはますますムーンのことが気になって仕方なくなる。
ところが、ムーンはトゥオンと気が合ったのか、彼と仲良く遊ぶようになる。それを見たティエウは心が乱れる。抑えようのない嫉妬心が頭をもたげ、それが行動に現れてしまう。トゥオンがかわいがっていたヒキガエルが持ち去られても、ティエウはただ黙って見送るのだった。
いやいや、それだけならまだしも、その後、さらに彼は取り返しのつかないことを起こしてしまうのである。
そこから先の詳しい展開は伏せるが、兄弟の感情のすれ違いによって、トゥオンは過酷な運命にさらされる。そして、ティエウは大きな罪悪感を抱えてしまう。
このように、この映画はティエウの初々しい恋心を瑞々しく描くだけでなく、嫉妬心、罪悪感など思春期に誰もが抱えがちな千々に乱れる心理を、繊細に表現しきっているのである。ここが、本作の最大の魅力だと思う。
終盤には予想外の展開が訪れる。おとぎ話を効果的に使った語り口で、トゥオンの苦境からの脱出が綴られる。そこでは、おとぎ話のお姫様を実際に現出させるファンタジックな展開がドラマに起伏を与える。しかも、それにまつわるある父と娘の悲劇も語られるのである。
ただし、その先には希望が待っている。傷ついた父と娘にも、ティエウとトゥオンの兄弟にも、明るい光が差し込む。最後の最後に、ティエウはトゥオンからムーンの真意を知らされる。何とも温かで、観客をホッとさせてくれる、あと味の良いエンディングである。
兄ティエウを演じたティン・ヴィンは、撮影時14歳だったそうだが、揺れ動く心情を見事に表現していた。一方、トゥオンを演じたチョン・カンは、ハリウッド映画にも出演しているとか。快活で純真な演技が印象的だった。
しかし、まあ、この映画で一番目立つのは、やっぱりムーン役のタイン・ミーだろう。何ですか? この可愛さは。まるでお人形さんじゃないですか。そりゃあ、ティエウならずともみんな好きになってしまうはずだ。撮影時は9歳とのことだが、絶対に売れるな。この子。
青春映画の肝は、瑞々しさやキラキラ感にある。もちろんこの映画にはそれがある。同時にほろ苦さや痛み、苦しみ、残酷さなども描き込まれている。それらをひっくるめて、観客は自分の「あの頃」を思い出して、切ない気持ちになるのではないだろうか。かくいうオレも、何やら切なくノスタルジックな気分にさせられてしまった。いつまでも心の中で大切にしておきたいような一作である。
●今日の映画代、1300円。なかなか鑑賞券が見つからなくて一時はあきらめたのだが、新宿東口のアクセスチケットでついに発見。ここはけっこう掘り出し物があります。