映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「エル ELLE」

エル ELLE
TOHOシネマズシャンテにて。2017年8月26日(土)午前10時15分より鑑賞(スクリーン1/E-7)

若い頃に主役を張っていた俳優も、年をとると脇役に回ることが多くなる。特に女優では活躍の場すらなくなる場合も見られる。そんな中で、異例ともいえる活躍ぶりを見せているのが、フランスの名女優イザベル・ユペールだ。

若い頃からゴダール作品などで主演を演じてきた彼女は、1953年生まれ。ということは、今年64歳になるはずだが、とてもそうは見えない。しかも、ここ数年は「アスファルト」「母の残像」「未来よ こんにちは」などの作品にハイペースで出演。そのほとんどが主役か主役級の役どころだ。

そんなユペールは、他の女優が尻込みしそうな役も積極的に演じてきた。たとえば、変わった性的嗜好を持つ中年女性を演じたミヒャエル・ハネケ監督の「ピアニスト」は、その典型的な例だろう。

そして、今回のポール・ヴァーホーヴェン監督作品「エル ELLE」(ELLE)(2016年 フランス)も、ハリウッド女優が出演を断ったという噂もある、いわくつきの役どころである。

「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」で知られるフィリップ・ディジャン原作の映画化だ。映画の冒頭では、主人公のゲーム会社の社長ミシェルがいきなり自宅でレイプされる。ただし、それを音と、犯行を見つめる猫の姿だけで描く。バイオレントな描写で知られるヴァーホーヴェン監督だが、年をとって丸くなったのか?

と思ったら、その後は、このレイプシーンそのものが何度も描かれる。それは、ミシェルにとってのトラウマだったり、様々な願望と結びついたものとして登場するのである。

ミシェルは事件を警察に届けない。何事もなかったかのように今まで通りの生活を送ろうとする。だが、それでも事件の記憶は消えない。おまけに、女性が襲われる自社のゲーム映像にミシェルの顔写真を貼り付けた動画が、社内中のパソコン上に流れるなど、黒覆面のレイプ犯はどうやら身近にいるらしい。それを感じたミシェルは、その正体を突き止めようとするのだが……。

なにせヴァーホーヴェン監督といえば、「氷の微笑」をはじめ世間の常識を嘲笑うような映画を撮って、物議をかもしてきた監督だ。今年79歳になったとはいえ、本作もエッジが効きまくった映画だ。

ドラマの骨格はミシェルの犯人捜しのサスペンスである。だが、その過程を丹念に追うようなことはしない。ヴァーホーヴェン監督が注力するのは、ミシェルと周辺の人々の驚くべき人物像を暴露することだ。

ミシェルの元夫は売れない小説家で、若い女とつきあっている。定職に就かない息子は、ちょっと危ない感じの彼女と同居しようとしている。年老いた母親は整形して若い男と関係を持っている。

そして極め付きは、ミシェルの父親だ。39年前におぞましい犯罪を犯し、終身刑で収監されている。ミシェルが警察を嫌うのは、その時のことがトラウマになっているらしい。

そんな中、ミシェル自身は健気に生きている……かといえばそうでもない。彼女もまた会社の同僚の夫と不倫をしている。一方、向かいの家の夫にも気があるらしい。クリスマスパーティーでは、その男にテーブルの下でちょっかいを出す。思わず「氷の微笑」を想起させるエロくてヤバいシーンだ。それどころか、双眼鏡でその男を見ながら、自慰行為までするのだから、いやはや何とも。

要するに、みんながみんな、規格外の困った人たちだらけなのである。ただし、それをユーモアも込めつつ描いているのが面白いところ。ミシェルが気に入らない元夫の車のバンパーをめちゃくちゃにするシーン、息子に子供が生まれたと聞いて駆けつけたらその赤ん坊の肌が黒かったというシーンなどなど、突き抜けたユーモアがあちこちにあって、自然に笑ってしまうのだ。露悪的なシーンが多い映画なのにシリアスになりすぎないのは、そのせいだろう。

映画の後半、ついに意外なレイプ犯が明らかになる。しかし、ミシェルは何とその男と奇妙な関係性を築く。これもまた、ある意味、世間の常識を外れた規格外の行動である。

だが、ドラマはそれでは終わらない。終盤の新作ゲームの完成パーティーがスゴイ。そこに集合するのは、ミシェルの元夫、元不倫相手、そしてレイプ犯。まさに魑魅魍魎の大集合だ。

そして、その後に衝撃的な出来事が起きる。その時のミシェルの表情が、いつまでも頭に残る。うーむ、あまりの恐ろしさに背筋がざわついてしまった。いやいや、もっと恐ろしいのは、レイプ犯の妻かもしれない。彼女が最後に吐いた言葉。そして、それを聞いたミシェルの表情。これまた、恐ろしくてゾッとさせられるのである。

というわけで、ミシェルをはじめ複雑で屈折しまくった人々を通して、人間という生き物の不可思議さが伝わってくる映画である。「規格外」の人々と表現したが、それはおそらく誰にも共通する資質に違いないのだから。

同時に、心のままに毅然と行動するミシェルにただただ圧倒される映画でもある。世間の常識や価値観にとらわれず、自分の感情や思考に忠実に、どこまでも前に進んでいこうとするミシェルの姿には、もはや「スゴイ!」と感嘆するしかないのだった。

いろんな意味でスゴイ映画である。こういう映画は一歩間違えばただの怪映画になったり、観客の反感や嫌悪感を買う危険性があるわけだが、そうなっていないのは、やはり主演のユペールの演技によるものだろう。こんな悪女は見たことがない。フランス映画なのにアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたのもうなずける。

まあ、とにかく強烈な映画だ。いろんな意味で衝撃を受けまくった。そして文句なしに面白かった。

●今日の映画代、1500円。だいぶ前にムビチケを購入済。