映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「幼な子われらに生まれ」

「幼な子われらに生まれ」
テアトル新宿にて。2017年8月27日(日)午後4時より鑑賞(スクリーン1/C-11)。

一度も結婚というものをしたことがないので、よくはわからないのだが、夫婦という関係性は何かと厄介そうだ。まして、それが再婚同士で、以前の結婚で子供がいたりすればなおさらだろう。

重松清の同名小説を映画化した「幼な子われらに生まれ」(2017年 日本)に登場する田中家も、まさにそうした家族である。

夫・田中信(浅野忠信)と妻・奈苗(田中麗奈)は再婚同士。信には前妻・友佳との間に娘がいる。冒頭は、信がその娘と面会して、遊園地で楽しく遊ぶシーン。実に仲の良い親子でほほえましくなるが、そこには娘が今は妻のもとにいて、たまにしか会えないという事情が色濃く反映している。

そんな信が自宅に帰ると、妻の奈苗が前夫・沢田(宮藤官九郎)との間にもうけた2人の娘がいる。次女は再婚時にまだ小さかったから、信を本当の父親だと思っているが、長女はそうではないことを知っている。

そんな中、奈苗の妊娠が発覚。それを機に、長女は「やっぱりこの家、嫌だ。本当のパパに会わせてよ」と言い出す。それに対して、奈苗は沢田がDV男で娘にも暴力をふるったことから、会うことに反対する。そのあたりから家族崩壊の兆しが見え始める……。

というわけで、この田中家を中心に、家族に様々な問題を抱えて葛藤する人々を描いたドラマである。

何といっても秀逸なのが、「ヴァイブレータ」「共喰い」などで知られるベテラン脚本家(監督作品もある)の荒井晴彦による脚本だ。原作の小説はかなりのボリュームのようだが、消化不良感はまったくない。それどころか、主要な人物の揺れ動く心理を繊細にすくい取っている。

主人公の信はどう見ても良き家庭人だが、ところどころに違和感や戸惑いが見え隠れする。たとえば、妻の連れ子である長女に接する時の態度は、実の娘と接する時とは明らかに違う。そんな心の亀裂が、妻の妊娠発覚とそれによる長女の傷心によって、一気に表面化する。

一方、妻の奈苗の態度は一見、能天気にも見えるが、その裏では前の結婚がいまだに手ひどい痛手となっていることが、少しずつ見えてくる。彼女が必死で妻と母の地位にしがみつこうとするのも、そのためだろう。

そして、信の元妻・友佳(寺島しのぶ)は、再婚相手が末期ガンで余命わずかとなり心が乱れる。久々に会った信に対して、心の内をぶちまけるシーンが胸にグサリとくる。「あなたはいつも理由は聞くけど、私の気持ちは聞かなかった」と。そして後悔だらけの人生を嘆くのである。

三島有紀子監督による演出もなかなかのものだ。特に映像。かつて信と友佳が破局を迎えたシーンや、奈苗と長女が前夫からDVを受けるシーンは手持ちカメラを使ってリアルに描くなど、場面場面に適した映像を使ってドラマに深みを加えている。信たちが住む団地周辺の無機質な空気感なども印象的だ。三島監督の過去作には「しあわせのパン」「繕い裁つ人」などがあるが、本作がベストではないだろうか。

ドラマが進むにつれて、信はにっちもさっちもいかなくなる。もがけばもがくほど長女の心は頑なになり、仕事もリストラされてしまう。そして、ついに彼は「この結婚は間違いだったのではないか?」と思い詰める。

だが、やがて転機が訪れる。信は実の娘から、血のつながらない義父の死を前にしても悲しめないと打ち明けられてしまう。そして、まもなく義父危篤の報せを受けた彼女を病院に送り届けることになる。そこで彼が友佳の再婚相手に感謝の言葉を述べるシーンが心にしみる。

その後、ついに信は長女を奈苗の前夫・沢田(つまり長女の実父)に会わせる決意をする。そこでは沢田の心理が巧みに描かれる。それまでは典型的なダメ人間で、「奥さんや子供なんて煩わしい」と言い放ち、長女との面会も金銭を条件にした彼が、遊園地の屋上で信に対して、それとは違う心根をチラリチラリと見せるのである。

この映画には安易な結末は用意されていない。それでも、かすかな光らしきものは見えている。もがき苦しみ、自分をさらけ出して、互いにぶつかり合った家族たち。それがけっして無駄ではなかったことを示唆しながら、映画は幕を閉じる。

家族とは最初から家族なのではなく、努力してつくり上げるものなのだろう。田中家は、きっと、これからも様々な問題に直面しながらも、少しずつ家族になっていくのではないか。そう思わせられるのである。

揺れ動く心理を巧みに表現した浅野忠信をはじめ、田中麗奈宮藤官九郎寺島しのぶの絶品の演技もこの映画の魅力だ。信の実娘と連れ子の長女を演じた子役も、存在感のある演技を披露している。

血のつながらない父と娘の親子関係を中心に据えているとはいえ、それに限らず様々な家族に共通するテーマを持つ映画だと思う。家族という存在の厄介さと同時に、そこにある希望も感じられる映画である。今年の日本映画の上位にランクされる1本なのは間違いないだろう。

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