映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ベイビー・ドライバー」

ベイビー・ドライバー
新宿バトル9にて。2017年8月29日(火)午後7時20分より鑑賞(シアター8/I-16)。

運転免許を持っていない。「必要になったら取ればいいや」と思っていたら、必要になる場面が一度もないままに来てしまった。おまけに、ここ数年は目のトラブルで視力が急激に落ちたので、もはや免許を取ろうにも取れない状態である。

とはいえ、車に乗るのは嫌いではない。運転はできないが、助手席や後部座席から窓の外の風景を眺めるのはなかなか良いものだ。そこにお気に入りの音楽でも流れてくれば、言うことはない。

ただし、それも運転手次第だ。実のところ大昔に、プロレーサーを気取るドリフト女の車に乗ってしまい、あまりの乱暴な運転に生きた心地がしなかった思い出がある。なんたって、山道を左右に車を振りながらタイヤをキーキーいわせるのだから。

映画「ベイビー・ドライバー」(BABY DRIVER)(2017年 アメリカ)の主人公のドライバーも、かなり乱暴な運転をする。何しろ彼は犯罪者の逃走を手助けする「逃がし屋」なのだ。

犯罪者の逃走を請け負うドライバーの話は、これまでも何度か映画に登場している。最近では、ライアン・ゴズリング主演、ニコラス・ウィンディング・レフン監督による「ドライヴ」があった。

そんな中、この映画のユニークなところは、主人公のベイビー(アンセル・エルゴート)という青年が常に音楽を聞いているところだろう。幼い頃の事故で両親を亡くし、自身もその後遺症で耳鳴りに悩まされているものの、音楽を聞くことで耳鳴りは消える。そのためiPodが手放せず、常にお気に入りのプレイリストを聴き続けているのだ。

というわけで、冒頭の銀行強盗の場面からノリノリの音楽が全開だ。ベイビーは強盗が犯行を行っている間、音楽に合わせて全身でリズムを取り、体を動かす。それがまるでミュージカルのような雰囲気を漂わせる。

そして犯行を終えた犯人たちが車に乗り込んでくると、音楽を聞きながら天才的なドライビング・テクニックを駆使して、警察などの追手をかいくぐって逃走する。そこでは当然ながら、スリリングで迫力満点のカーアクションが展開される。これがこの映画の最大の魅力である。

ドラマ的に感心するのは、このベイビーのキャラを最初のほうで簡潔に見せているところだ。両親の事故のトラウマなどもあり、犯罪の片棒を担ぎつつも、彼が根っからのワルでないことが何度も示される。人の命など何とも思わない強盗犯とは違い、できるだけ犠牲者を出さない努力もする。

では、なぜ彼はこんな仕事をしているのか。実はもっと若い頃に自動車泥棒をして、間違って積んであったギャングの麻薬を盗んでしまったのだ。そのため、ギャングのボスのドク(ケヴィン・スペイシー)に借金を背負わされ、その返済のために無理やり働かされているのである。

両親亡き後に面倒を見てくれた耳が不自由な里親は、そんなベイビーのことを心配しているが、ドクから「あと1回手伝えば借金完済」と言われているベイビーは、それを最後に足を洗おうとしている。

そして、そんなベイビーの決意を後押しする運命の出会いが訪れる。ある日、ベイビーはダイナーのウェイトレスのデボラ(リリー・ジェームズ)と偶然出会い、恋に落ちる。それまで無口でドクや強盗仲間たちとは、会話らしい会話をしなかったベイビーが、デボラの前では一転して饒舌になるのが印象的だ。そしてベイビーは彼女のために、この世界から足を洗うことをますます強く決意するのだが……。

ちなみに全編に流れる音楽は、少し古めの音楽が中心だ。ベイビーがデボラにTレックスの「デボラ」という曲を聞かせるシーンがあるのだが、デボラという名前はそこからとったものではないのだろうか。

なにせエドガー・ライト監督は映画や音楽のオタク。「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」などの過去作でも、オタクぶりをいかんなく発揮してきた監督である。

さてさて、ついに最後の仕事を終えたベイビー。これで晴れて足を洗えると思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。ドクは脅迫まがいの言葉でさらなる犯罪への加担を強要する。

そこから先はすさまじい展開だ。カーアクションに加え、ガンアクション、爆破シーンなどいろんなものがテンコ盛り。二転三転する展開で観客を飽きさせない。いったん死んだと思った男が何度も登場するなど、ある意味何でもアリの世界だ。

まあ、このへんは個人的にはやりすぎにも思える。過去の作品でもライト監督は、ありとあらゆるものを詰め込んでいたが、今回はさらにギュウギュウ詰めの感がぬぐえない。このあたりは、人によって好みが分かれそうだ。

とはいえ、ラストのオチはなかなかのもの。もしかしてボニー&クライドみたいになるのか? あるいはハリウッドの王道らしくお気楽なハッピーエンドに持ち込むのか? と思ったのだが、ちゃんとベイビーに落とし前をつけさせて、その上で温かな余韻を残してくれる。

そしてエンドタイトルで流れるサイモン&ガーファンクルの「ベイビー・ドライバー」。やっぱりオタクだよなぁ。ライト監督。最後にこの曲を持ってくるなんて。ていうか、もしかして「ベイビー・ドライバー」ってタイトルも、ここから取ったんじゃないのか?

主演のアンセル・エルゴートは初めて見たのだが、この役にはぴったりだった。デボラ役のリリー・ジェームズも魅力的。さらにケヴィン・スペイシーエイザ・ゴンザレスジョン・ハムジェイミー・フォックスなどの悪役のくせ者ぶりも見事である。

ひと言でいえば、実によくできたエンタメ映画。難しいことを考えずに観れば、テンポの良いアクションとほど良いドラマが堪能できるはず。特にカーアクションが好きな人には絶対におススメです。

●今日の映画代、1300円。新宿バルト9には、「夕方割」というのがあって、平日17:30~19:55の間に開始される通常作品が割引になります。