映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ユリゴコロ」

ユリゴコロ
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年10月15日(日)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/D-08)。

沼田まほかるという作家がいる。ここ数年、本屋でよく作品を見かけるようになったので、てっきり新人作家だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。何でも50代で初めて書いた長編『九月が永遠に続けば』で第5回ホラーサスペンス大賞を受賞し、56歳で遅咲きのデビューを果たしたものの、その後はあまり売れず、最近になってようやくブレイクしたのだとか。

その『九月が永遠に続けば』を読んだことがあるのだが、何やらおどおどろしいミステリーで心がザワザワしたものである。

そんな沼田まほかるが2012年に第14回大藪春彦賞を受賞した同名小説(残念ながらオレは未読です)を映画化したのが「ユリゴコロ」(2017年 日本)だ。監督は「君に届け」「心が叫びたがってるんだ。」の熊澤尚人

それにしても、「ユリゴコロ」ってなんだ?と思ったら、「拠り所(ヨリドコロ)」を幼い少女が聞き違えたものらしい。その聞き違いをした少女を描いたドラマなのだ。

最初に登場するのは亮介(松坂桃李)というカフェレストランのオーナー。婚約者の千絵(清野菜名)とともに車に乗って、職場へと向かっている。いかにも幸せそうな2人。だが、まもなくその千絵が失踪してしまう。

冒頭の展開を観て、亮介が千絵の行方と失踪の理由を追うドラマなのかと思ったら、大外れだった。その後は、なんとホラー、それもかなりエグいホラー映画の色彩を帯びてくるのだった。

亮介は、末期のすい臓がんで自宅療養中の父の書斎の押し入れで、1冊のノートを見つける。それは、人を殺すことに心の拠り所を感じてしまう美紗子(吉高由里子)と名乗る女が、自らの殺人について綴ったものだった。これは事実なのか、それとも父の創作なのか。激しく動揺するとともに、強烈にそのノートに惹きつけられていく亮介だったが……

というわけで、婚約者に失踪された亮介の現在と、彼が読む手記に書かれた内容が同時並行で描かれるのだが、手記の内容があまりにもエグすぎるのである。幼い頃に口がきけず、医師から「この子には心の拠り所がない」と言われた美紗子。周囲に対する違和感と空虚な心を抱えて、彼女はまもなく殺人に拠り所を見出していく。要するに、ある種のサイコパスなわけである。

彼女が殺人を犯す場面がかなり凄惨だ。少年の体の上から側溝のふたを閉めるなど、まるで虫けらのように人を殺していく。料理学校で知り合った女との一件も気色が悪い。その女が年中リストカットを繰り返すシーンを見ているだけで、何だかムカムカしてくるのだった。

熊沢尚人監督は、この映画全体にまるでアートのような美しい映像を散りばめている。そのせいで、多少はエグさが緩和されるものの、それでもやはり観ていて正視できない観客もいそうである。

そして、そのおぞましい手記を読んだ亮介は、次第にその不思議な魅力にとりつかれ、自らの中にある狂気が目覚めていく。

さあ、これで亮介が殺人鬼にでも変身すれば、完全なスプラッターホラーだ。なんせ料理人だからキッチンに凶器は山ほどある。それを使って連続殺人!

とはならないのである。中盤になると、ドラマのテイストは大きく変化する。悲しい運命を背負った女の愛と人生の物語がスタートするのだ。

手記の続きで、美紗子は洋介(松山ケンイチ)という男性との運命的な出会いを果たす。彼は罪を背負って生きる男だ。一方、美紗子も数々の罪を背負っている。しかし、美紗子には罪の意識がない。そんな2人が交流を重ねる中で、大きな変化が起きていく。

このあたりからの人間ドラマは、なかなか見応えがあった。洋介の無上の愛、美紗子の罪悪感と葛藤がスクリーンに交差して、何とも言えない切なさを漂わせる。

映像も相変わらず魅力的だ。特に美紗子と洋介が初めて関係を持つところのイメージショットの鮮烈さが際立つ。子供の頃から彼女を悩ませてきた引っ付く植物(あれ、なんていうんだっけ?)を効果的に使った美しいシーンである。

そして、ついに亮介と父と美紗子との関係が明らかになる……。

終盤は亮介の失踪した婚約者を巡って、途中から出現したかつての同僚だという女性(木村多江)が絡んで大変なことになるのだが、残念ながらテレビの2時間サスペンスのような既視感のある展開だった。

おまけに、この映画、あちこちにあり得ない、ご都合主義な展開が目についてしまう。そのあたりが、どうにももったいないところだ。

それでもラストシーンは心にしみる。ありがちとはいえ、愛のドラマの結末として素直に感動できるシーンだろう。

役者たちの演技も見ものである。これまでとは違うイメージの難役を演じ切った吉高由里子をはじめ、松山ケンイチ松坂桃李佐津川愛美(なまじのホラー映画よりもコワい演技)などが存在感ある演技を披露。木村多江の相変わらずの薄幸そうな雰囲気も、この映画にはぴったりだった。

この映画を楽しめるかどうかは、ひとえに前半の陰惨さを乗り越えられるかどうかにかかっていると思う。そうすれば、後半には切ない愛のドラマが待っている。コワイいのが嫌いな人も、何とかこらえて最後まで観ればモトは取れるかもしれない。

●今日の映画代、1300円。ユナイテッド・シネマの会員料金で鑑賞。

◆「ユリゴコロ
(2017年 日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・編集:熊澤尚人
出演:吉高由里子松坂桃李松山ケンイチ佐津川愛美清野菜名、清原果耶、木村多江
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
ホームページ http://yurigokoro-movie.jp/