映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「おじいちゃん、死んじゃったって。」

おじいちゃん、死んじゃったって。
テアトル新宿にて。2017年11月7日(火)午後12時10分より鑑賞(D-11)。

核家族化が進み、自宅よりも病院で亡くなるケースが増えている。そのせいか、「死」が昔ほど身近ではなくなった気がする。特に若い人は、死に対してなかなか実感が持てないのではないだろうか。

おじいちゃん、死んじゃったって。」(2017年 日本)の主人公のOL春野吉子(岸井ゆきの)も、「死」に対する実感が希薄なようだ。それが劇中での「インドでは死体がゴロゴロ転がっているのだろうか?」という疑問に象徴されている。

おまけに彼女は罪悪感も抱えている。彼氏とのセックス中に祖父の死を報せる電話を取ったからだ。報せを聞いて、二階から父に声をかける吉子。「おじいちゃん、死んじゃったって」。

さっそく祖父の家に家族が集まり、慌ただしく葬儀の準備を進める。吉子の祖母(大方斐沙子)は家族の顔もわからないほどボケている。そんな中、吉子の父・清二(光石研)、母の京子(赤間麻里子)、東京の大学に通う弟・清太(池本啓太)。そして、喪主を務める叔父・昭男(岩松了)、その元妻・ふみ江(美保純)、彼らの長男・洋平(岡山天音)、高校生の娘・千春(小野花梨)が集まる。やがて、地元を離れた独身の叔母・薫(水野美紀)も駆けつける。

そのうち清二と昭男は、すでに葬儀の準備を始める前から段取りに関して兄弟げんかを始める。その他の人々も、それぞれが抱えた事情が次第に明らかになり、不満や本音が吐き出されていく。清二は会社を辞めてしまった。昭男はふみ江と離婚して一人暮らし。洋平はひきこもり。千春はそんな家庭環境が影響しているのか、高校生なのにタバコを吸うし、酒も飲む。

こうして兄弟の不和、家庭崩壊、親子の断絶など家族をめぐる様々な問題が噴出する。伊丹十三監督の「お葬式」などにもある構図だが、葬儀をきっかけに様々な人間模様が見えてくるというのはなかなか興味深い。特に本作は登場人物のキャラが立っているおかげでリアルさが際立ち、それぞれの微妙な心の揺れ動きが伝わってくるのである。

そして、そんな彼らを見ているうちに吉子は思う。「なんだか悲しそうじゃない」と。死に対する実感は希薄でも、何かが違うという違和感が拭い去れない。それなら死とはどういうものなのか。生とはどういうものなのか。吉子の戸惑いを通して、観客もそうした問題に思いを巡らせることになる。つまり、このドラマは家族のドラマであると同時に、生と死のドラマでもあるわけだ。

ただし、けっして重たい映画ではない。全編がユーモアに満ちている。祖母のボケっぷりなどをネタにあちこちに笑いの要素を盛り込んでいる。頭髪が薄いのを気にした昭男がスプレーで地肌を黒く染めたら、葬儀中に黒い汗がタラタラ……なんて爆笑のシーンもある。

このドラマは明確な起承転結に色分けされているわけではない。家族をめぐる問題も良い方向と逆方向を行きつ戻りつする。そんな中でも、後半に2台の車を使って2つの家族の関係を好転させる展開が秀逸だ。

その後には、この映画最大のバトルともいえる兄弟げんかが勃発するのだが(ボケた祖母の予想もしない制止が心地よい)、最終的には両家族とも光の差す方向へと少しだけ歩み出す。

一方、吉子の生と死に対する思いは、ラストのインドへの旅によって一つの地平線が開ける。劇中で若い僧が吉子の問いに対して、「人が死んでもお腹は空くし、セックスしてもいいのではないか。それが人生ではないか」と答えるのだが、その言葉がラストでより深い意味を持ってくるのである。

本作の監督はCM界で活躍する森ガキ侑大。祖母が元気だったころの回想シーンや村の自然など、光を効果的に使った瑞々しい映像が印象的だ。花火の下でのイメージショットなども鮮烈な印象を残す。山崎佐保子の脚本もよく書けていると思う。

そして、岩松了、美保純、水野美紀光石研といった演技派の脇役陣に交じって、抜群の存在感を発揮しているのが岸井ゆきのの演技だ。彼女の演技を観るのは初めてだが、得難い個性の持ち主だと感じた。今後の活躍が楽しみだ。

家族というもの、そして生と死について考えさせられ、観終わって清々しい気持ちになれる映画だった。観ておいて損はないと思う。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの毎週火曜のサービス料金で。

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◆「おじいちゃん、死んじゃったって。
(2017年 日本)(上映時間1時間44分)
監督:森ガキ侑大
出演:岸井ゆきの岩松了、美保純、岡山天音小野花梨赤間麻里子、池本啓太、五歩一豊、大方斐紗子、松澤匠、水野美紀光石研
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.ojiichan-movie.com/