映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「エンドレス・ポエトリー」

エンドレス・ポエトリー
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年11月19日(日)午後2時45分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

幻覚を引き起こすといえば、LSDマリファナなどの麻薬や一部のキノコなどにその作用があるようだ。だが、幻覚を見たければそんなものに頼る必要はない。数ある映画の中にも、幻覚を引き起こしそうな強烈な映画が存在するのだ。

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エンドレス・ポエトリー」(POESIA SIN FIN)(2016年 フランス・チリ・日本)は、まるで幻覚、あるいは魔法にかかったかのような強烈な映像が次々に飛び出す作品だ。何の予備知識もなしに観ると、あっけにとられてしまうかもしれない。

アレハンドロ・ホドロフスキーといえば「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」などでカルト的な人気を持つ監督だ。お騒がせエピソード的には、70年代に超大作「デューン砂の惑星」の監督に抜擢されたものの、トラブルで降板したことでも有名だ。ちなみに、その経緯はのちにドキュメンタリー映画にもなっている。

今年88歳になったそんなホドロフスキー監督が、自伝的作品だった前作「リアリティのダンス」の続編として送り出したのが「エンドレス・ポエトリー」だ。今回は、青年時代の自身を描いている。

チリで故郷のトコピージャから首都サンティアゴへ移住したホドロフスキー一家。しかし、アレハンドロ(アダン・ホドロフスキー)は、抑圧的で金儲けのことばかり考え、文学を理解しようとしない父親に反発して家を出る。親戚の同性愛の青年から、芸術家姉妹を紹介されたアレハンドロは、彼女たちの家に住み着き、そこに訪れる個性的な芸術家たちと触れ合う。その中で、後に世界的な詩人となるエンリケ・リンやニカノール・パラらとも出会う。

ストーリー的には典型的な青春物語である。アレハンドロの青春の輝き、苦悩、友情、裏切り、そして成長がスクリーンに映し出される。しかし、そこはさすがにホドロフスキー監督。普通の青春物語とは違う。

目の前に現れるのは、およそ現実とは思えない妖しく、美しく、不可思議な人物や出来事ばかり。アレハンドロの母親がオペラのような歌でしか会話しなかったり、歌舞伎の黒衣のような黒装束の人物が登場人物に対して物を受け渡しするのは、前作「リアリティのダンス」でもおなじみの光景。

芸術家姉妹の家に来る芸術家たちも個性揃いだ。常に体を密着させるダンサーの男女、全身を使ってカンバスに色を塗りたくる画家、ピアノを破壊しながら演奏するピアニストなどなど。奇妙すぎる人物のオンパレードである。

アレハンドロが恋する赤い髪の女詩人もすさまじい女性だ。パメラ・フローレスというオペラ歌手が母親役と二役を演じているのだが、エキセントリックな振る舞いで若いアレハンドロを翻弄する。

そうした個性的な人物たちの姿を、原色を中心にした鮮やかな色遣いの映像で描いているのは、ウォン・カーウァイ作品などでおなじみの撮影監督クリストファー・ドイルである。鮮烈な映像で知られる彼を初めて起用したことで、ますます映像のすさまじさに磨きがかかっている。映像美などというものを超越して、もはや夢に出てきそうなほど強烈な映像だ。

個人的に、特に印象深いのは後半で登場する骸骨のコスチュームや赤い服の人々が乱舞するカーニバルシーン。まさに「何じゃこりゃ?」と叫びたくなるような唯一無二の映像。そういう幻覚、あるいは魔法のような映像が、次々に現れるのである。度肝を抜かれないわけがない。

とはいえ、小難しい気持ちで顔をしかめて観る必要はない。笑いの要素もあちこちにある。例えば、アレハンドロと友人のエンリケ・リンが、「まっすぐ道を進もう!」と決めて、障害物になっているトラックの屋根を歩いたり、知らない人の家に上がり込んで直進するシーン。若者らしいエピソードであるの同時に、思わずくすくすと笑ってしまう。

アレハンドロや女詩人が通い詰める店も面白い。正装した老人たちがウェイターを務める奇妙な店で、そのあまりの奇妙さについ微笑んでしまうのである。

もちろんホドロフスキー監督は、ただやみくもに強烈な映像で観客を幻惑したり、笑わせるだけではなく、自身の思いもきちんとドラマに込めている。主人公のアレンハンドロは、当然ながら監督自身の若き日の姿。苦悩する彼の前に、現在のホドロフスキー監督自身が現れて、様々な含蓄に富んだ言葉を送る。

「生きる意味などない。ただ生きるんだ!」「老いは素晴らしい。すべてから解放されるんだ」。そんなメッセージは、様々な人生経験を経た現在のホドロフスキー監督の本音だろう。そこには絶対的で圧倒的な「生」に対する肯定感がある。過去の自身へのメッセージを通して、人生賛歌を高らかに歌っているのである。

ラストで、ファシズムが国を覆い始める中で、アレハンドロはパリへ旅立つことを決意する。そこでの父との別れのシーンが胸を打つ。細かなニュアンスは伏せておくが、父と向き合うアレハンドロの前にホドロフスキー監督が登場して、あるアドバイスを送る。そこには、監督自身の過去の自分に対する痛切な思いが込められているに違いない。

強烈な映像の連続で約2時間があっという間だった。頭を柔軟にすれば、これほど面白い映画はないかもしれない。何にしてもホドロフスキー監督でなければ作れない映画なのは間違いない。

前作に引き続き、ホドロフスキー監督の長男ブロンティス・ホドロフスキーホドロフスキー監督の父親役を、青年となったホドロフスキー監督役を、末の息子であるアダン・ホドロフスキーが演じているのも面白いところ。そのあたりもホドロフスキー・ワールドの源泉かもしれない。

映画が、いかに自由で、何でもアリの世界かを改めて思い知らせてくれるユニークこの上ない作品だ。今までホドロフスキー監督の映画を観たことがない人も、一見の価値があると思う。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。ちなみにこの日は入場者に抽選でプレゼントがあり、何と見事に海外版ポスターをゲット! ラッキー!!

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◆「エンドレス・ポエトリー」(POESIA SIN FIN)
(2016年 フランス・チリ・日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・製作:アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:アダン・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、ブロンティス・ホドロフスキーレアンドロ・タウブ、アレハンドロ・ホドロフスキー、イェレミアス・ハースコヴィッツ
*新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中、全国順次公開予定
ホームページ http://uplink.co.jp/endless