映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「火花」

「火花」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年11月26日(日)午後2時40分より鑑賞(スクリーン5/H-13)。

ひねくれ者なので、爆発的に売れた本はほとんど読まない。初期の作品はよく読んだ村上春樹の小説も、発売が社会現象になってしまう昨今では、ほとんど手に取っていない。なので、人気お笑い芸人の又吉直樹芥川賞を受賞したベストセラー小説「火花」も未読のままである。

映画「火花」(2017年 日本)は、その小説「火花」を同じくお笑い芸人で映画監督としても評価が高い板尾創路が映画化した作品だ。

主人公は、お笑いコンビ“スパークス”として活動しながらも、まったく芽が出ないお笑い芸人の徳永永(菅田将暉)。ある日、営業先の熱海の花火大会で先輩芸人の神谷(桐谷健太)と出会った彼は、その芸風と人柄にほれ込んで、弟子入りを志願する。それに対して神谷は、「それなら俺の伝記を書いてくれ」という条件を出す。

ここまでの展開を見ただけで、神谷がいかに天才肌で破天荒な人間かがわかる。彼が組んでいるコンビ名は「あほんだら」。その漫才も常識を外れたものだ。いわゆる「巧い漫才師」などでなく、そういう芸人に徳永がほれ込むという構図が、この映画の大きなポイントになる。なぜなら芸人が考える純粋な面白さと、世間が求める笑いのギャップが、この映画の大きなテーマだからである。

こうして師弟関係になった徳永と神谷。徳永は神谷の要求通りに、彼の言動を目の当たりにして伝記を書く。そこに描かれた神谷と徳永自身の2人の10年間に渡るドラマが、この映画の物語の柱になる。

徳永と神谷は、連日のように飲み歩いて、芸についての議論を交わしていく。それによって、徳永はますます神谷に心酔していく。

何より面白いのが2人の会話だ。それはまさしく漫才のボケとツッコミ。何気ない会話も、すぐに笑いの方向に走っていく。ただし、それを通して様々な真実もチラリチラリと見えてくるのである。

さすがに原作者と監督が現役のお芸人ということで、芸人世界の裏舞台もたっぷりと描かれる。それはまさにイバラの道としか言いようがない世界だ。ライブに出るためのネタ見せで、いかにも程度の低そうな審査員からボロクソに言われるシーンなど、その厳しさがひしひしと伝わってくる。

やがて大阪で活動していた神谷は東京に出てきて、風俗嬢の家に居候する。しかし、彼女からもらう金だけでは足りずに、多額の借金をするようになる。やがて同棲相手の彼女とも別れてしまう。

一方、徳永のコンビ「スパークス」は、一時的に多少売れるようになる。しかし、基本的には鳴かず飛ばずのまま。バイト生活をしながら、芸人としての活動を続ける。そんな中、相方との間にも隙間風が吹き始める。

徳永が直面したのが、先ほど述べた芸人が考える純粋な面白さと、世間が求める笑いのギャップだ。なかなか売れない徳永たちを尻目に、キャラ勝負の芸人があっという間にスターになったりする。それは徳永の求める笑いとは違う。はたして徳永は世間に妥協するのか。それとも思いのままに突っ走るのか。その葛藤の延長線上で、神谷とのわずかな意識の違いも表面化してくるのである。

ただし、そんな徳永の苦悩がイマイチ伝わりにくいのが惜しい。そういう心情は、基本的に彼の独白で処理してしまっているのだ。原作を読んでいないので断言はできないが、おそらく原作にある文章を持ってきているのではないだろうか。それだけではどうにも物足りない。できれば独白やセリフ以外で、もっと徳永の抜き差しならない心情をジリジリとあぶりだして欲しかったのだが。

それでも終盤になると、ようやく徳永たちの心情がスクリーンを覆いだす。特に最後のライブで彼が胸の内をぶちまけるシーンは壮絶で迫力満点だ。同時に相方の思いもきちんと伝わってくる。客席の反応もリアルである。

その後の後日談はよくある展開だが、意表を突いた展開を盛り込みつつ、明確なメッセージを発しているところに好感が持てる。それは夢を果たせなかった負け組たちに対する温かな応援歌だ。彼らの負けがけっして無駄ではなかったことを力強くうたい上げて、温かな余韻を残してくれるのである。

徳永を演じた菅田将暉、神谷を演じた桐谷健太は、いずれもお笑い芸人になり切った演技だった。それぞれの相方を務めた加藤諒、三浦誠己、神谷の同棲相手を演じた木村文乃なども存在感がある。

エンディングに流れる主題歌の「浅草キッド」(もともとはビートたけしの曲)が、この映画を象徴している。心理描写に甘さは残るものの、芸人たちの青春に正面から向き合おうとした、つくり手の気持ちはしっかりと感じ取れたのである。

●今日の映画代、1300円。ユナイテッド・シネマの割引クーポンを使用。

◆「火花」
(2017年 日本)(上映時間2時間)
監督:板尾創路
出演:菅田将暉、桐谷健太、木村文乃川谷修士、三浦誠己、加藤諒高橋努日野陽仁山崎樹範
*TOHOシネマズスカラ座ほかにて全国公開中
ホームページ http://hibana-movie.com/