映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「光」

「光」
新宿武蔵野館にて。2017年11月29日(水)午後2時25分より鑑賞(スクリーン1/B-9)。

よほどの聖人君子でもない限り、誰でも心の奥底にどす黒い闇が隠れているものだ。さすがに、それが犯罪のようなことを引き起こすケースは稀だが、何らかの形で発露することはよくある。他人に対する悪口だったり、嫌がらせだったり……。

もちろんオレも同様だ。そのせいか、心の奥の闇を描いた映画には、「観たくない」という思いを持ちつつも、つい観てしまうのである。最近では、深田晃司監督の「淵に立つ」などは、まさにそうした映画だった。

大森立嗣監督が三浦しをんの小説を映画化し「光」も、人間の心の奥にあるどす黒い闇を描いた映画である。三浦しをん原作の大森作品といえば、「まほろ駅前」シリーズが思い浮かぶが、ストーリーも演出もまったく違う。

物語は、原生林に覆われた東京の離島・美浜島から始まる。そこで暮らす中学生の信之は、同級生の美花と付き合っている。そんな信之を慕っているのは、父親から激しい虐待を受けていた小学生の輔だ。彼は、いつも信之にまとわりついている。

そんなある晩、信之は神社の境内で美花が男とセックスしているのを見てしまう。「犯されているに違いない」と思った信之に、美花は言う。「殺して」と。その言葉に促されるように、信之はその男を殺してしまう。それを目撃していた輔は、死体をカメラに収める。それからまもなく、島は地震による津波に襲われ、すべてが消え去ってしまう。

25年後、信之(井浦新)は東京で妻の南海子(橋本マナミ)と幼い娘と暮らしている。そんな彼に輔(瑛太)が接近する。南海子と親しくなり、肉体関係を持つようになった輔は、今度は25年前の事件をネタに信之を脅し始める。さらに、輔は過去を捨てて女優になっていた美花(長谷川京子)も脅すのだった。

暴力、狂気、復讐、支配、性……。まさしく人間の奥底にあるどす黒い闇に迫っていく映画である。幼い頃に、美花に促されるようにして殺人を犯した信之だが、その後はそれを封印して何事もなく暮らしている。その前に、彼の過去を知る輔が現れて、様々な人物の狂気が露わになってくる。

輔は一見、金目当てで脅しに走っているかのように見える。だが、彼は父親に虐待されたこともあり、自身の過去や現在を嫌っている。そのために狂気を持って南海子に接近し、信之を脅し始めるのだ。金目当てというよりは、むしろ倦みきった自身の過去と現状への苛立ちと否定が、彼を突き動かしているに違いないのである。

こうして一度は、幼い頃と逆転した立場に立って信之を支配しかける輔だが、思い通りにはいかない。信之もまた、それまで封印していた狂気と暴力をちらつかせながら、輔を再び支配し始める。

おりしも、輔の前には幼少時に彼を苦しめた父・洋一(平田満)が10年ぶりに現れ、彼を翻弄し始める。信之はそれも利用して、輔を狡猾に操るのである。

信之の冷たく静かな狂気が恐ろしい。彼の行動は当初は自身の今の生活を守るためのものだったが、途中から違う動機へとすり替わる。輔に脅かされていた美花と再会した信之は、彼女を守るために狂気と暴力をエスカレートさせるのだ。

その美花もまた、心の奥に闇を抱えている。自分に対する信之の思いを利用して、巧みに彼を操り、すべてを消し去ろうとする。それはかつて島で信之を促して、殺人を犯させたのと同じ構図である。

本作は、信之、輔、美花の心の闇が交錯するサスペンスドラマなのだが、いわゆる普通のサスペンスとは違う。展開や語り口はかなり粗削りだ。それは低予算ゆえのことかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。「まほろ駅前」シリーズ以外にも、「さよなら渓谷」など様々な映画を撮ってきた大森監督だが、今回はそうした過去の作品とは全く違う描き方を意図的に目指したようだ。

時々流れる大音量のテクノミュージック。赤い花、巨大な樹木、信之と娘が訪れる不思議な空間などの鮮烈なイメージショット。そうしたものも含めて、自由かつ大胆に人間の心の奥にあるものをえぐり出そうとする。

快感や楽しさはまったくない。むしろ不快で、常に背中がザワザワするような作風だ。しかし、それがこの映画のテーマと見事に合致している。

ドラマの背景には、中上健次の小説と共通するアニミズム的な香りも漂う。ドラマの起点となる原生林に包まれた島での出来事は、その土地独特の得体の知れないものに突き動かされた子供たちによる所業にも思える。それが、25年後の彼らもずっと支配し続けているのかもしれない。

この映画で特筆すべきなのは、俳優たちの演技である。静かで冷たい表情が秘めた狂気をにじませる井浦新。汗や体臭も伝わってくるような瑛太の演技。両者の関係性には、同性愛にも似た屈折した愛情が見え隠れする。長谷川京子の悪女ぶりもなかなかのもの。平田満、橋本マナミも存在感タップリの演技だった。

終始不快感と緊迫感に包まれながら、人間の黒い内面から目が離せなくなってしまう。そんな映画である。

●今日の映画代、1000円。新宿武蔵野館の水曜サービスデー料金。

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◆「光」
(2017年 日本)(上映時間2時間17分)
監督・脚本:大森立嗣
出演:井浦新瑛太長谷川京子、橋本マナミ、梅沢昌代、金子清文、中沢青六、足立正生原田麻由鈴木晋介高橋諒、笠久美、ペヤンヌマキ、福崎那由他、紅甘、岡田篤哉、早坂ひらら、南果歩平田満
有楽町スバル座新宿武蔵野館ほかにて公開中
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