映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「希望のかなた」

希望のかなた
ユーロスペースにて。2017年12月5日(火)午後1時20分より鑑賞(シアター2/D-8)。

フィンランドの名匠アキ・カウリスマキ監督の作品は個性的だ。寒色系の映像、無表情で無口な人物など他にはない特徴がある。だから、一度観れば、それがカウリスマキ作品だとすぐにわかってしまう。

そんなカウリスマキ監督の新作が「希望のかなた」(TOIVON TUOLLA PUOLEN)(2017年 フィンランド)だ。ヨーロッパにおける難民問題がテーマとなっている。

最初に登場するのは、船の積み荷の石炭の中から、いきなり男の顔が出てくるシーンだ。この男はシリア人青年のカーリド(シェルワン・ハジ)。シリア内戦でミサイルによって自宅を破壊され、家族を失い、わずかに生き残った妹と国外へ脱出。しかし、その妹とはぐれて混乱の中、フィンランドの首都ヘルシンキに流れ着いた。

彼の唯一の望みは、その妹を見つけ出すこと。カーリドは上陸後すぐに警察に行き、難民申請をする。その後、彼は収容施設に入所させられ、入国管理の係官による面接を受けることになる。

ところが、難民申請は無情にも却下されてしまう。現地は戦闘状態ではないというのが、当局の言い分だ。しかし、その直後に映るのはそれを否定する映像。まさにその現地がいまだに激しい戦闘下にあるというテレビのニュースが流れるのだ。このシーンを見ただけで、現在のヨーロッパが難民に対していかに冷淡なのかが明確に伝わってくる。

劇中ではカーリドを執拗に狙うネオナチなども登場する。ここでもまた、現在のヨーロッパの闇を見せつけられる。

そんなカーリドと並行して描かれるのが、もう一人の男ヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)だ。彼は妻と別れて家を出る。明確な説明がないのでわかりにくいのだが(カウリスマキ監督の映画ではいつものことだが)、どうやら彼は酒浸りの妻に愛想を尽かしたようだ。

ヴィクストロムは、衣類のセールスを仕事にしているようだが、それをやめてレストランを購入し、そこのオーナーに収まる。

カーリドとヴィクストロムの接点は、意外な形で訪れる。難民申請が却下されてシリアへの強制送還が決まったカーリドだが、早朝に収容者施設を抜け出して逃走する。そして、行き場のないままレストランのゴミ捨て場にいたところ、ヴィクストロムと出会ったのである。ヴィクストロムはカーリドをレストランで雇うことにする。

今回もカウリスマキ監督独特の世界は健在だ。やけに寒色系が目立つ映像、無表情で無口で何を考えているかわからない登場人物、音楽の使い方(今回もロックから歌謡曲風の曲、アラブ音楽まで効果的に使用)など相変わらずユニークである。

飛躍した描写や都合のよすぎる展開も特徴だ。今回もそんな場面が目立つ。ヴィクストロムがポーカー賭博で大勝ちしてレストランの購入資金を稼いだり、カーリドの偽造身分証が必要になると偶然にも身近にその道のプロがいたり……。

だが、そんなことに目くじらを立ててはいけない。リアルさの欠如を凌駕する圧倒的なメッセージが、この映画には込められているのだ。それは「困っている人に手を差し伸べる」というもの。当たり前ではあるが、なかなか実行できないことだろう。

カウリスマキ監督は、難民にとって厳しいヨーロッパの現状を示すだけでなく、人々の善意も示してくれる。ヴィクストロムやレストランの従業員たちは、その無表情さゆえ、善人なのか、悪人なのかよくわからない。そうした人々が、カーリドに手を差し伸べ、自然体で彼を守ろうとするのだ。それこそがまさに人間の善意である。ネオナチからカーリドを守る障害者たちも同様だ。

どんなに絶望的な状況下でも、人々の善意を信じるカウリスマキ監督の強い信念が、そこに込められているのではないだろうか。

カウリスマキ映画といえば、そこはかとないユーモアも特徴だ。今回はテーマがシリアスなだけに、前半はそれほどでもないが、ドラマが進むにつれて次第に笑える場面が増えてくる。

特に笑えるのが、売上低下に悩むヴィクストロムのレストランが、いきなり変な寿司屋に変身するところだ。にわか仕立ての和風ユニフォームを着た従業員の微妙な言動は爆笑モノ。おまけに、そこに観光客が大挙して押し寄せるのだから。いやはや何とも人を食った場面ではないか。

ラストはヴィクストロムに明るい兆しが見える。一方、カーリドには波乱が起きる。それでも、善意の力で時代の闇を乗り越えようというカウリスマキ監督のストレートなメッセージが響いてきて、温かく優しい気持ちになれたのである。

本作は、2017年のベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。カウリスマキ監督は前作「ル・アーヴルの靴みがき」でも難民問題をテーマに取り上げている。それだけヨーロッパにおける難民問題は深刻な状況なのだろう。

●今日の映画代、1200円。ユーロスペースは火曜日が割引(前からだっけ?)。おまけにしばらく行かないうちに、オンライン予約可能になっていてビックリ。

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◆「希望のかなた」(TOIVON TUOLLA PUOLEN)
(2017年 フィンランド)(上映時間1時間38分)
監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、イルッカ・コイブラ、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ、カイヤ・パカリネン、ニロズ・ハジ、シーモン・フセイン・アル=バズーン、カティ・オウティネン、マリヤ・ヤンヴェンヘルミ
ユーロスペースほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://kibou-film.com/