映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「デトロイト」

デトロイト
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年1月27日(土)午後12時25分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

キャスリン・ビグロー監督は、「タイタニック」や「アバター」のジェームズ・キャメロン監督の元妻である。しかし、もはやそんな紹介は不要だろう。2008年に手掛けた「ハート・ロッカー」で、アカデミー賞作品賞や監督賞など6冠を獲得しているのだから。

そのビグロー監督の得意技はハンパでないリアルさだ。イラク戦争における爆弾処理班を描いた「ハート・ロッカー」、そしてオサマ・ビンラディンを狙うCIAの女性分析官を描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」、ともに自分が映画の中の世界に叩き込まれたようなリアルさと緊張感に包まれていた。

そして今回登場した「デトロイト」(DETROIT)(2017年 アメリカ)では、それがさらに加速している。

1967年7月に起きたデトロイト暴動を描いた実話をもとにしたドラマである。なぜその暴動が起きたのか、冒頭でマンガを使いながら、コンパクトにわかりやすく説明してくれる。要するに、あまりにもひどい黒人差別に対して黒人たちが不満を抱き、それが一気に爆発したのがデトロイト暴動なのだ。

暴動の引き金になったのは、無許可バーに対する当局の手入れだ。押し掛ける大勢の警察官たちは、黒人たちを高圧的に支配し、乱暴なふるまいをする。「そりゃあ、暴動も起きるよな」と思わせるような場面である。取り締まる当局者の中に、黒人がいるのも印象的だった。

そして暴動が起きる。焼き討ち、略奪などで街は混乱する。軍や地元警察が鎮圧に乗り出すが、黒人たちと激しく衝突し、街は戦場のようになる。このあたりから、ビグロー監督らしい世界が全開になる。今回もまた、まるでデトロイト暴動の渦中に叩き込まれたような破格の緊張感が伝わってくるのである。そのあまりのリアルに胸がドキドキしてきた。

いったいどうすればこんな映像が撮れるのか。基本は固定カメラと手持ちカメラを使い分けているのだが、そのテクニックを超えた何かが、ビグロー監督の演出には感じられる。「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」に続きビグロー監督と三度のタッグとなるマーク・ボールの脚本も相乗効果を発揮する。

だが、それはまだ序の口だった。まもなく3人の人間がクローズアップされる。暴動の中で、丸腰の黒人青年の背中を撃ち殺した若い白人警官クラウス(ウィル・ポールター)。ある店で警備員を務める黒人青年ディスミュークス(ジョン・ボヤーガ)。そしてモータウンとの契約を狙うボーカルグループ「ザ・ドラマティックス」のリードシンガーだったラリー(アルジー・スミス)。この3人がまもなく同じ現場で遭遇する。

暴動発生から3日目の夜、激しい暴動シーンの後に劇場での華やかなコンサートシーンが登場する。「ザ・ドラマティックス」のメンバーが楽屋袖にいる。いよいよ彼らの出番だ。ところが、暴動の報せが入り、そこで公演は中止となる。

彼らは仕方なく家に戻ろうとするが、暴動の混乱に巻き込まれたラリーと友人は、若い黒人客たちでにぎわうアルジェ・モーテルに泊まることにする。そんな中、黒人宿泊客の一人が競技用ピストルをふざけて鳴らす。もちろん空砲だ。だが、それを狙撃手による本物の銃声だと思った大勢の警察官がモーテルになだれ込んでくる。

ここからの緊張感と恐怖は、本当にヤバいものだった。ヒリヒリするようなギリギリの場面の連続で、嘘偽りなく心臓のあたりに違和感さえ感じてしまった。

なだれこんできた警官は建物に突入し、逃げようとした青年を射殺する。そして、居合わせた若者たち(黒人男性6人と白人女性2人)を壁に後ろ向きに並べて、尋問を行うのだ。それはただの尋問ではない。激しい暴力と脅迫をともなうおぞましいものだった。

警官の先頭に立つのはクラウス。人種差別主義者の彼の尋問はどんどんエスカレートしていく。そして、その対象となった宿泊客の中にはラリーがいる。さらに、近くの店にいた警備員のディスミュークスも駆けつけてくる。

ありとあらゆる手口で銃のありかを吐かせようとするクラウス。それはもはや人種差別主義者を越えて、サイコパスの領域に足を踏み入れているように思える。演じるウィル・ポールターの演技がすごい。鬼気迫るという表現さえ陳腐に聞こえる恐ろしさだ。

尋問を受ける宿泊客は、痛めつけられ、恐怖に震え、絶望的な気分になる。それを見ているオレも、彼らと同じような気持ちになって、息苦しくさえなってきたのである。

クラウスが用いる手法の中でも特徴的なのが、1人ずつ別室に連れて行く尋問だ。そこで何が行われるのか。詳しいことは伏せるが、狡猾で、悪魔のような手口である。だが、あることからその策略が思わぬ結果を招く。

終盤、ようやく緊張感が途切れたと思ったら、代わりに虚しさと怒りが沸き上がってきた。無残に殺された黒人青年の家族、犯人にされそうになった黒人警備員、彼らの姿が胸を絞めつける。

それでもようやく最後にカタルシスが味わえるのか。いやいや、そんなに甘くはない。事件の顛末を見て、ますますオレは絶望的な気分になったのだ。

同時にもう一つ重い余韻を残す出来事がある。「ザ・ドラマティックス」のリードシンガーだったラリーのその後である。モータウンとの契約を目指していた彼の選択を通して、本作で描かれた事件がどれほど大きなものだったのかを再確認させられた。

今もアメリカでは人種差別が根強く、本作の事件と同じような構図の事件も起きている。アメリカ以外の国でも、人種をめぐる悲劇が後を絶たない。それだけになおさら観る価値のある作品だと思う。

はっきり言おう。キャスリン・ビグローの映画は心臓に悪い。だが、それでも観なければならない。そう思わせられる魔力がある。

●今日の映画代、1400円。事前に購入しておいたムビチケで。

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 ◆「デトロイト」(DETROIT)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間22分)
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、アルジー・スミス、ジェイソン・ミッチェル、ジャック・レイナー、ベン・オトゥール、オースティン・エベール、ジェイコブ・ラティモア、ハンナ・マリー、ケイトリン・デヴァー、ネイサン・デイヴィス・Jr、ペイトン・アレックス・スミス、マルコム・デヴィッド・ケリー、ジョン・クラシンスキー、アンソニー・マッキー
*TOHOシネマズ新宿ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.longride.jp/detroit/