映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「羊の木」

「羊の木」
池袋HUMAXシネマズにて。2018年2月4日(日)午前10時20分より鑑賞(シネマ1/J-20)。

山上たつひこといえば、何といってもギャグ漫画『がきデカ』である。少年警察官のこまわり君が、大活躍する破天荒な漫画で、「死刑!」「八丈島のきょん!」「あふりか象が好き!」などの流行語とともに今も強烈に印象に残っている(て、年がバレるね)。

それ以外にも、『喜劇新思想大系』、『光る風』などの作品があり、のちに小説家としても活動するようになった山上たつひこだが、『羊の木』という山上たつひこ原作、いがらしみきお作画の漫画があることはまったく知らなかった。通の間ではけっこう知名度が高い漫画らしい。

その漫画を「桐島、部活やめるってよ」「美しい星」の吉田大八監督が映画化した。原作は読んでいないが、設定が実に秀逸なドラマである。

舞台となるのは、寂れた港町・富山県魚深市(架空の町)。主人公は市役所職員の月末(錦戸亮)。彼は、上司から新たな移住者6人の受け入れ役を任され、彼らを駅や空港に迎えに行く。すると、彼らはどう見ても訳アリ風。それもそのはず、上司は隠していたのだが、性別も年齢もバラバラな6人は全員元受刑者だったことがわかる。

なぜ彼らは移住してきたのか。それは政府の極秘プロジェクトによるものだった。犯罪者の更生と過疎化対策の一環として、この町に10年間住み続けることを条件に刑期を大幅に短縮するという試みだ。自治体が身元引受人となり、彼らにはそれぞれ住居と仕事が与えられた。ところが、彼らはただの元受刑者ではなく、すべて元殺人犯だったのである。

この極秘プロジェクト。背景となるのは刑務所の予算削減や過疎化対策。けっして荒唐無稽ではない話だけに、ドラマに現実味を与えている。

そして何よりも、6人の元殺人犯人の描き分け方が巧みだ。見るからに狂暴そうな杉山勝志(北村一輝)、妙にセクシーな太田理江子(優香)、暗い性格のようで感情を表に出さない栗本清美(市川実日子)、まじめでおとなしそうな福元宏喜(水澤紳吾)、元ヤクザの大野克美(田中泯)、そして一見好青年の宮腰一郎(松田龍平)。

何も言わずに立っているだけで怖い田中泯や、地味な外見ながら妙にエロい優香ら、演じる役者が完璧なハマリ役だ。彼らのほんのちょっとした言葉やしぐさから、妖しさや危険な香りが漂ってくる。「コイツら、きっと何か起こす!?」と思わせられるのだ。

実のところ、彼らが元殺人犯だというのは比較的早くわかってしまう。そのせいで、こちらもどうしてもそういう目で彼らを見てしまう。だから、なおさら不穏さや緊張感が強まるのである。その不穏さや緊張感は最後まで途切れることがない。これが本作の最大の見どころだろう。

映画の中盤で登場する「のろろ祭り」なる奇祭も、この映画の不穏さや緊張感を増幅させる。魚深市では、のろろ様という守り神が信仰されていて、その巨大な石像もある。のろろ様は元は悪い神様だったが、成敗されて改心したらしい。それにちなんで行われる祭りで、白装束の男たちが魚深の町を練り歩くシーンは、怪しさを越えておぞましさまで醸し出す。

そう。オレはこの映画の持つスリラー的な側面に、強く惹きつけられたのである。

その一方で、ドラマ全体に深みは感じられなかった。序盤で起きる事件が波乱を引き起こし、住民を巻き込む大騒動になり、そこから深い人間ドラマ、あるいは社会派ドラマに進展していくのかと思いきや、そうした展開には至らないのである。

確かに人間ドラマは展開されている。それも一面的ではなく、元殺人犯の陰と陽の両面をとらえたドラマだ。例えば、理髪店に勤めるようになった福元と店主との心の交流を描くのと同時に、彼の手の付けられない酒乱ぶりを見せる。あるいは、まじめに生き直そうとする大野の努力と同時に、それでも人から怖がられる悲しさを示す。

そうした中から、人を信じることと、疑うことについて、観客にいろいろと考えさせるのである。

とはいえ、さすがに6人分のドラマではギュウギュウ詰めだ。おまけに月末の恋愛や彼の父親の恋までドラマに絡ませてくるものだから、詰め込み過ぎの感が否めない。そのため、今一つ深みに欠けるのが本作の最大の欠点だろう。

中盤以降は、6人の中で宮腰がドラマの大きなウエイトを占めるようになる。彼は月末たちのバンド練習に興味を示し、月末と友情らしきものを結ぶようになる。同時に彼は大きな秘密を抱え、それにまつわる出来事からどんどん暴走していく。そこには月末の同級生の文(木村文乃)も巻き込まれていく。

その果てに待つのは、のろろ様を効果的に使った激しいクライマックス。そして、明確な答えこそ提示しないものの、微かな希望を感じさせるラストだ。

途切れない不穏さや緊張感は見どころ充分。ただし、もう少し全体を整理して、人間の内面をキッチリ描いてくれたら、スリラーとしても、人間ドラマとしても傑作の部類に入る映画になったかもしれないと思うと、少し残念な気もするのである。

ちなみに、宮腰に関係した重要な役どころで後半に深水三章が登場する。深水さんは昨年末に急死された。その直前に深水さんが出席されていた忘年会にはオレも出席していたし、その何日か前には取材でインタビューもしていただけに、彼の出演シーンを観ていて、いろいろと胸に去来するものがあった。本作の演技でもわかるように存在感あふれる役者だった。改めてご冥福をお祈りいたします。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。

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◆「羊の木」
(2017年 日本)(上映時間2時間6分)
監督:吉田大八
出演:錦戸亮木村文乃北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯松田龍平中村有志安藤玉恵細田善彦北見敏之松尾諭山口美也子鈴木晋介深水三章
*TOHOシネマズ六本木ヒルズほかにて全国公開中
ホームページ http://hitsujinoki-movie.com/