「長江 愛の詩」
シネマート新宿にて。2018年2月17日(土)午前9時30分より鑑賞(スクリーン1/E-12)。
中国・青海省のチベット高原を水源とし、華中地域を流れ、やがて東シナ海へと注ぐ全長6,300km(世界3位の長さ)の長江。日本では揚子江という名前でも知られているが、最近は中国本国に倣って長江と呼ぶことが多いようだ。
その長江を舞台にした映画も多い。オレ的には、2006年製作のジャ・ジャンクー監督の「長江哀歌」あたりが特に印象に残っているが、雄大な大自然や刻々と姿を変えるその表情、そして2009年に完成した巨大な三峡ダムなど、映画の舞台にもってこいの場所なのは間違いないだろう。
北京電影学院出身で、これが長編2作目だというヤン・チャオ監督の「長江 愛の詩」(長江図/CROSSCURRENT)(2016年 中国)も、長江を舞台にしたドラマである。亡くなった父の後を継いで、小さな貨物船の船長となったガオ・チュン(チン・ハオ)による長江を遡る旅を描いている。
本作で最も素晴らしいのが、圧倒的な映像である。上海を出発して源流にたどり着くまで、千変万化する雄大な大自然、絶景や歴史的な建築物、沿岸の村などがド迫力の映像で描かれている。撮影監督は、ホウ・シャオシェン作品などで知られる名カメラマン、リー・ピンビン。ただ美しいだけでなく、暗さや荒々しさなども含めて、長江の様々な表情をキッチリとスクリーンに映しとる手腕が見事である。
とはいえ、普通の旅のドラマではない。出発前にガオは、船の機関室で父の手書きの詩集『長江図』を見つける。そこには長江の旅の各地で作られた短い詩が書かれている。その詩がスクリーンに随時映し出される。ジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」と似た仕掛けだ。
その詩の根底にあるのはペシミスティックな感情のようにも思える。そこには後悔や怒り、達観など、様々な感情が読み取れる。ガオはその詩集に導かれるように長江の旅を続けるのだ。
そして、本作のもう一つの特徴は、行く先々でガオがアン・ルー(シン・ジーレイ)という女性と愛を育んでいくこと。というと、ベタな恋愛ドラマのように思うかもしれないが、そうではない。
そもそもアン・ルーの存在そのものが何者かわからない。上海で目撃した彼女は疲れた中年女性のようだったが、その後、次第に若返ったようになり、最後の頃にはまるで女子学生のようになっている。
登場の仕方もその都度異なっている。彼女は不思議なことに、『長江図』に地名が記された場所に現れるのだ。それもまるで娼婦のように登場したかと思えば、ごく普通の農家の主婦のような登場もある。最後のほうでは川岸にそそり立つ山をずんずん登っていく場面もある。
寺院では僧に問答を投げかけ、修行中だという話も出てくる。見知らぬ男が彼女の周辺に出没したりもする。ガオとの会話によれば母は医者だったという。突然、川に消えたかと思ったら、魚のように泳ぎ回るシーンもある。いったい彼女は誰なのか。もしかしたら、この世の存在ではないのかもしれない。
そのあたりは、観客が想像力を働かせるしかない。ヤン監督は明確なことは何も示さない。様々なヒントをばらまくのみだ。解釈は何通りでもありそうだ。それこそが、わかりやすいエンターティメント映画とは違う本作の魅力ではないだろうか。
ちなみに、アン・ルーを演じたシン・ジーレイは初めて見る女優だが、何とも言えない妖しい魅力を持っている。
観客の想像力を刺激する要素は他にもある。ガオが長江を遡るのは、ただの旅ではない。違法と思われる魚の稚魚らしきものを運ぶ仕事なのだ。ガオはそれを運ぶにあたって、依頼者の社長に料金のアップを求める。さらに、その積み荷をめぐって、同乗する老船員や若い船員も絡んで、何度かショッキングな出来事が起きる。
おそらく、そうした出来事には、人生や社会に関するヤン監督の様々な思いが投影されているのだろう。しかし、それも明確には描かれない。こちらが想像力を働かせるしかない。深読みすればいくらでも深読みできそうだ。
旅のハイライトは、何といっても三峡ダムだ。無機質で怪物のようなシップドッグ。そこを経て再び雄大な姿を現す長江。そして、そのはてにガオが目にするものは……。
いったいヤン監督は、この映画で何を描きたかったのか。ラスト近くでは、長江のかつての姿とそこに集う人々の姿が古いフィルムで提示される。そして、不思議な石碑と謎の老人(ガオの亡き父?)。さらにオーラスに映る仏像らしきもの。
それを観て、オレは勝手に結論づけた。本作は、失われたものに対するレクイエムなのではないのか。ガオの父をはじめ亡くなった人々。今はもう見られないかつての長江の姿と、そこに生きる人々。そして、失われてしまったアン・ルーとの愛。それらに対する鎮魂の思いを感じ取ったのだが……。
まあ、そのへんも含めて、観た人それぞれが自由に感じ取ればいい。あまり頭の中で小難しく考えるよりも、感性に委ねたほうが、かえって想像力が刺激されて伝わってくるものがあるかもしれない。いずれにして壮大で、幻想的で、謎に満ちた映像詩である。
●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。
◆「長江 愛の詩」(長江図/CROSSCURRENT)
(2016年 中国)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:ヤン・チャオ
出演:チン・ハオ、シン・ジーレイ、ワン・ホンウェイ、ウー・リーポン、チァン・ホワリン、タン・カイ
*シネマート新宿、YEBISU GARDEN CINNEMAほかにて公開中
ホームページ http://cyoukou-ainouta.jp/