映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハッピーエンド」

「ハッピーエンド」
角川シネマ有楽町にて。2018年3月4日(日)午後3時10分より鑑賞(F-7)。

3月4日はオレの誕生日だった。昔バンドをやっていた時から「年齢非公表」を貫いてきたので、いくつになったかは絶対に言わない(笑)。そんなめでたい日に何の映画を観るべきか。迷いに迷った末に観たのは、ミヒャエル・ハネケ監督の「ハッピーエンド」(HAPPY END)(2017年 フランス・ドイツ・オーストリア)である。よりによってハネケの映画かよ!!!

ハネケ監督の映画を知らない人にはわからないと思うが、およそめでたい日にふさわしい映画ではない。何しろ過去作はどれも人間の暗部を描き出し、観客を居心地悪くさせる作品ばかりなのだ。「ファニーゲーム」「ピアニスト」「白いリボン」……。“老い”と“死”をテーマにした前作の「愛、アムール」は、他者への思いやりも感じさせる作品だったが、今回はまたもや居心地の悪い作品だ。

冒頭に登場するのはスマホ画面の映像。13歳になるエヴ(ファンティーヌ・アルデュアン)という娘が、母親の洗面風景を撮影している。画面にはそれを実況する文字が次々に打ち込まれる。そこから彼女が口うるさい母親を毛嫌いしていることがわかる。

続いてスマホがとらえるのはエヴのペットのハムスター。なんと彼女はそのハムスターに精神安定剤を飲ませるのだ。しかも、その様子を確認した上で、今度は母親にまで秘かにそれを飲ませてしまうのだ。もうすでにここから、ハネケ監督の居心地の悪い世界が展開されるのである。

こうして母親が入院することになったため、エヴはフランス北部の港町カレーの大邸宅にやってくる。そこにはロラン一家が3世帯で暮らしている。家長のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は高齢のため引退し、娘のアンヌ(イザベル・ユペール)が家業の建設業を継ぎ、アンヌの息子ピエール(フランツ・ロゴフスキ)は専務を任されていた。一方、アンヌの弟トマ(マチュー・カソヴィッツ)は医師として働き、若い妻と再婚していた。そのトマと前妻との間に生まれたのがエヴである。

この一家が最初に映る食事風景からして、何やら不穏な感じがする。どう考えてもみんな何やらどす黒いものを抱えている。家族らしい心の通い合いなど皆無だ。それがただ食事をしているだけで伝わってくる。

よくあるヒューマンドラマなら、エヴの来訪をきっかけにバラバラだった一家が再生し、明るい兆しが見えるような展開が期待できそうな設定だ。だが、当然ながらハネケ監督の映画には、そんな希望も明るさもありはしない。

まもなく各自が抱えた秘密や問題が見えてくる。アンヌはやり手の経営者だが、あまりにも頼りない専務の息子ピエールに手を焼いている。建設現場で起きた事故をきっかけに、両者の確執が表面化する。何とかピエールを後継者にしようと、異様なまでに過干渉するアンヌ。それに反発し、アルコールに溺れるピエール。

家長のジョルジュは認知症気味で、エヴのこともすぐに忘れる。そして、ある晩、勝手に車を運転して出かけ、事故を起こしてしまう。それをきっかけに強い自殺願望を抱くようになる。

そしてエヴの父親のトマは一見有能な医師だが、実は彼にも人には言えない大きなどす黒い秘密がある。それをふとしたことから知ってしまうのがエヴである。

こうしてロラン家の人々の闇を見つめるエヴ自身も、心に闇を抱えている。母親に精神安定剤を盛っただけではない。いろいろな闇が幾重にも重なりあい、それが思わぬ事態を招き、ますます心の暗黒を広げていく。

ハネケ監督の視点は、相変わらず冷徹だ。被写体と距離を置いて、彼らの心の暗部をスクリーンに刻み付ける。ピエールが事故の被害者の家族にボコられるシーンでは、それをはるか遠方から映す。終盤でエヴが起こす大事件も、そのものズバリの現場は見せずに、その後の彼女の姿を映して描く。細かな状況説明などは一切ない。

ホンマに底意地の悪い監督だなぁ~。と思わないでもないのだが、それで終わるわけではない。こうした人々の暗部を通して、観客それぞれが様々なことに思いを馳せられる映画なのだ。家族とは、愛情とは、老いることとは、そして人生とは……。観客を居心地悪くさせ、心をざわつかせて思考を促すのである。

今回は、エヴのスマホ画面やトマが頻繁に利用するSNSなどを通して、現在のデジタル社会の闇まで照射しているように感じられる。

そして、この映画で最も心をざわつかせられるのは、ラストシーンかもしれない。そこに至るまでに、祖父のジョルジュと孫娘のエヴが対話するシーンがある。家族の誰もが無関心な中で、ジョルジュだけは孤独で暗闇を抱えた孫娘の心情を見抜いている。そして、彼は自身の妻に関わるある重大な告白をする。

普通だったら、それをきっかけに「孫娘よ! やっぱり生きていくのだ。人生は素晴らしいのだ」と諭すはずだ。だが、当然ながらハネケ監督はそんなことはしない。

アンヌの結婚パーティーでのいざこざを経て、ジョルジュとエヴは死の共振を見せるのだ。このシーンを見れば、誰もが心がざわついてしまうのではないか。タイトルの「ハッピーエンド」があまりにも皮肉に感じられるだろう。そして、静かな海と地平線がますます居心地を悪くさせる。

ハネケ映画ではおなじみのイザベル・ユペールジャン=ルイ・トランティニャンマチュー・カソヴィッツはじめ実力派キャストの演技はさすがだが、エヴを演じたファンティーヌ・アルデュアンの演技も堂々たるものである。

楽しい映画だけが映画なのではない。こういうある種不快にさせるような映画も映画なのだ。だからこそ、映画は面白いのである。とはいえ、誕生日にそんな映画を観てしまうオレはやっぱりヒネクレ者か?

◆「ハッピーエンド」(HAPPY END)
(2017年 フランス・ドイツ・オーストリア)(上映時間1時間47分)
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:イザベル・ユペールジャン=ルイ・トランティニャンマチュー・カソヴィッツ、ファンティーヌ・アルデュアン、フランツ・ロゴフスキ、ローラ・ファーリンデン、オレリア・プティ、トビー・ジョーンズ、ヒレ・ペルル、ハッサム・ガンシー、ナビア・アッカリ、フィリップ・デュ・ジャネラン
角川シネマ有楽町ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://longride.jp/happyend/