映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ダンガル きっと、つよくなる」

「ダンガル きっと、つよくなる」
TOHOシネマズシャンテにて。2018年4月6日(金)午後1時10分より鑑賞(スクリーン1/E-10)。

女子レスリングといえば、最近の日本ではパワハラ問題で大騒ぎになっているわけだが、そんな暗い話題を吹き飛ばすかのような映画が登場した。といっても、舞台は日本ではなくインド。インド発の実話をもとにした涙と感動のスポ根ドラマ「ダンガル きっと、つよくなる」(DANGAL)(2016年 インド)である。

レスリングの有望選手でありながら、生活のために金メダルの夢を諦めたマハヴィル(アーミル・カーン)。彼は自分に息子ができたら、その夢を託そうと考えていた。だが、生まれてきたのは4人とも女の子。落胆するマハヴィルだったが、ある日、長女ギータ(幼少期:ザイラー・ワシーム、青年期:ファーティマー・サナー・シャイク)と次女バビータ(幼少期:スハーニー・バトナーガル、青年期:サニャー・マルホートラ)が、男の子とケンカして相手をボコボコにしたことを知り、2人に格闘センスがあることを確信する。翌日からギータとバビータにスパルタ特訓を始めるマハヴィルだったが……。

そこからは完全に「巨人の星」の展開だ。星一徹状態のマハヴィルが、2人の娘に有無を言わせずスパルタ訓練を課す。それがまあ常軌を逸した訓練で、ランニングやレスリングの基礎訓練はもちろん、川に飛び込ませたり、反抗すると髪の毛まで切ってしまうのだ。

それはもはや人権問題だろう! とツッコミたくもなるわけだが、それによって娘たちの健気さ、かわいらしさがよけいに引き立って、観客は彼女たちに圧倒的な同情の念を抱くのだから、なかなかよく考えられた展開である。

おまけに、けっして重たいタッチの映画ではない。むしろユーモアも散りばめた生き生きとした描写が目立つ。例えば、息子の誕生を期待するマハヴィルに、周囲の人々が変な迷信を実行させるくだりなど、笑いどころがけっこうある。

いわゆるコテコテのインド映画に比べれば控えめだが、音楽も効果的に使われる。姉妹の感情を歌い上げる曲などが印象的だ。短いカットをつないだテンポの良い映像も心地よい。そんなこんなで理不尽な父ちゃんの仕打ちにもかかわらず、暗い映画にはならないのである。

それにしてもマハヴィルを演じるアーミル・カーンがスゴイ。「きっと、うまくいく」「PK」など、映画ごとにまったく違う姿を見せる役者だが、今回は冒頭では筋肉ムキムキのいかにもレスラー風体型で登場。ところが、ドラマが進んで年をとるとお腹の突き出た中年太り男に大変身。まるで別人だ。

何でもこの映画では30キロ近く体重を増減させたらしい。これぞインドのデ・ニーロである。いや、ただ体型を変えただけではない。演技も今回の役柄に合わせて、寡黙で、コワイ父ちゃんを見事に演じ切っている。

こうして無理やり父にスパルタ訓練を課されていた娘たちが、あることから自ら進んでスポーツに打ち込むようになる……という展開もスポ根ドラマの定番だ。ただし、その「あること」というのが、同世代の女の子のひと言だというのが面白い。それは「あなたたちは幸せよ。私なんか家事ばっかりやらされて、14歳になったら知らない男と結婚させられて子育てするのよ!」というもの。

それをきっかけに2人はトレーニングに打ち込み、メキメキと強くなる。そうなのだ。あの女の子のひと言によって、彼女たちの成長はそのままインドに根強く残る女性差別との戦いにつながる仕掛けなのだ。

大会に出場しようとする姉妹に対して、周囲は冷笑して相手にしない。その壁に父とともに挑み、2人はそれをぶち破っていく。ここに至って理不尽父ちゃんの思い込みの暴走が、社会に対する問題意識に転化していくのである。

そういえば、同じくアーミル・カーン主演の「PK」は、インドの宗教問題を見事に喝破していた作品だった。そして今回は女性差別との戦い。うーむ、インド映画、意外に硬派ではないか。

トレーニングや試合シーンが本格的なのも、この映画の大きな魅力。というか、そこはスポ根ドラマの肝だから絶対にはずせない。幼少時のザイラー・ワシームとスハーニー・バトナーガルは、相当にトレーニングを積んだのではないだろうか。青年期の2人を演じたファーティマー・サナー・シャイクとサニャー・マルホートラも素晴らしい熱演だ。本物のレスリング選手と遜色がない。

後半は、父と娘のすれ違いと絆の強さが大きなテーマになる。姉のギータは国内大会で優勝してナショナルスポーツセンター(だっけ?)に入る。いわば自立への第一歩だ。しかも、そこには新たなコーチがいて(プライドばかり高いアホコーチなのもスポコンものの定番)、「過去を捨てろ」と言う。こうしてギータは父の手を離れる。

一方、父は寂しさを抱えつつ、妹バビータのトレーニングに力を注ぎ、彼女はどんどん強くなっていく。

だが、ギータの自立はそう簡単には行かない。彼女はスランプに陥り、それをきっかけに父と娘は再びタッグを組むことになる。

クライマックスは国際大会の舞台だ。ギータの初戦、準決勝、決勝の試合が、手に汗握るスリリングさと迫力で描かれる。その中でも決勝は、試合前の父の言葉によって、重要な位置づけが与えられる。それは、ギータ自身の戦いであるのと同時に、インド中の女性の自立と女性差別との戦いに対する応援歌でもあるのだ。

その決勝に関しては、もう一つの仕掛けが用意されている。ただでさえ盛り上がる試合が、それによってさらに盛り上がるわけだ。そして、最後にはもちろんカタルシスが!!

理不尽父ちゃんの暴走劇は、やがて父娘の強い絆のドラマとなって最後には観客を涙と感動の渦に巻き込む。さらにインドの女性をめぐる社会問題も織り込むなど、見応えは満点。こういう映画がつくれるのも、映画大国インドならではだろう。さすがデス。

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*映画館の写真も、チラシもなかったので、新聞広告など載せてみました。雰囲気は伝わるかな?


◆「ダンガル きっと、つよくなる」(DANGAL)

(2016年 インド)(上映時間2時間20分)
監督:ニテーシュ・ティワーリ
出演:アーミル・カーン、ファーティマー・サナー・シャイク、サニャー・マルホートラ、ザイラー・ワシーム、スハーニー・バトナーガル、サークシー・タンワル、アパルシャクティ・クラーナー
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://gaga.ne.jp/dangal/