映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ワンダーストラック」

ワンダーストラック
角川シネマ有楽町にて。2018年4月13日(金)午後1時10分より鑑賞(F-8)。

マーティン・スコセッシ監督による冒険ファンタジー「ヒューゴの不思議な発明」(2011年)の原作者ブライアン・セルズニックの小説の映画化「ワンダーストラック」(WONDERSTRUCK)(2017年 アメリカ)。脚本を手がけたのはセルズニック自身。そして監督は「エデンより彼方に」「キャロル」のトッド・ヘインズ

正直なところ、このコンビニには違和感がタップリだった。ヘインズ監督は人種差別や同性愛などをテーマにしてきた監督。それが冒険ファンタジーの作者と組んで、はたしてうまくいくのか?

この映画では、2つの異なる時代のドラマが交互に描かれる。最初のドラマの舞台は、1977年のミネソタ州ガンフリント。狼に追われる夢(これがラストのオチの伏線になる)を見る12歳の少年ベン(オークスフェグリー)。図書館員だった彼の母(ミシェル・ウィリアムズ)は交通事故で亡くなり、伯母の家に身を寄せている。父親は会ったこともなく名前も知らなかった。

そしてもう1つのドラマの舞台は、1927年のニュージャージー州ホーボーケン。厳格な父に育てられる少女ローズ(ミリセント・シモンズ)は、女優のリリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)に特別な思いを抱いていた。映画館に彼女の主演作を観に行くローズ。

この2つのドラマの大きな違いは映像にある。1977年のベンのドラマがカラー映像で描かれるのに対して、1927年のローズのドラマは、白黒映像で描かれる。しかも、サイレント映画のように音声がない。それは単に時代の違いを感じさせるだけでなく、ベンとローズのキャラクターにも大きく関係している。

ローズはリリアン・メイヒュー主演の映画を観に映画館に行く。その作品もサイレント映画のようだ。ところが、彼女が映画館を出てくると、そこには「トーキー登場」「あの女優がしゃべる!」といった宣伝文句がある。ローズが観た映画はサイレント映画ではなく、トーキー映画だったのだ。

だが、ローズには聴覚障がいがあって音が聞こえない。つまり、彼女のドラマをサイレント映画で描くことは、時代性だけでなく、音のない彼女の世界も表現しているのである。

一方、ある夜、ベンは母の遺品の中から父の手がかりを見つける。「ワンダーストラック」という本だ。その中にはニューヨークのキンケイド書店のしおりが挟まれていた。ところが、その直後にベンは雷に撃たれて耳が聞こえなくなってしまう。

こうしてローズ同様に、音のない世界に足を踏み入れたベンだが、彼のドラマパートは基本的に音声付きで描かれる。ただし、時々彼の心象風景を表現するように、わざと音を消した場面を挟み込む。これが実に効果的に作用する。ベンの心理がリアルに伝わってくるのである。

父を捜すためにベンは病院を抜け出して、ニューヨークへと旅立つ。初めて見たニューヨークの街の風景にドキドキしたり、不安を覚えるなど彼の揺れる心が繊細に描かれる。

これに対して、ローズもリリアン・メイヒューが舞台に立つと知って、彼女に会うために家を飛び出しニューヨークへと向かう。こちらのドキドキ感や不安もベンと同じように繊細に描かれる。

2人とも耳が聞こえないから会話に頼ることはできない。それぞれの表情やしぐさで、心の内を表現するしかない。それをきちんと成し遂げているのは、ヘインズ監督の演出に加え、オークスフェグリーとミリセント・シモンズという子役2人の演技によるところが大きい。2人とも様々に変化する表情が印象的だ。ちなみにミリセント・シモンズは、実際に聴覚障がい者だという。

映画の中盤で、2人は同じ場所に足を踏み入れる。ベンはキンケイド書店に行くが、店は閉店している。途方に暮れたベンは、声をかけてきたジェイミー(ジェイデン・マイケル)という少年のあとをついて行き、自然史博物館にたどり着く。

ローズはリリアンが稽古中の劇場に行くが冷たくされて、兄のウォルター(コーリー・マイケル・スミス)が働く自然史博物館に向かう。

というわけで、まったく時代の違う2人が同じ自然史博物館に入り込む仕掛けだ。ジェイミーとともに館内を探検し、秘密の部屋にまで入るベン。警官に怪しがられて、その目から逃れるローズ。子供たちの冒険ストーリー的な世界が展開する。そこでは同じ展示物を前にした場面を描くなど、2人をリンクさせる工夫もある。

終盤になって、ベンは懸案の父親捜しを再開する。別な場所に移転していたキンケイド書店に行き、そこである人物と出会う。むむ? もしかして、この人物ってあの人?

そうなのだ。ベンの父親の正体と出生の秘密は、けっして予想外なものではない。むしろ予想通りといってもいいかもしれない。しかも、そこは駆け足でどんどんと種明かしをしてしまう。何だかあっけない気はしたのだが、それでもベンの父親にとって重要な意味を持つジオラマを効果的に使い、魅力的な映像で描いている。ベンとローズの絆の強さ、そして人生の不可思議さが伝わってきた。

70年代のニューヨークの街の風景の作り込みにもこだわりが感じられるし、デビッド・ボウイの「スペース・オディティ」をはじめ、当時の音楽も効果的に使われている。

観る前の不安は杞憂に終わったようだ。「エデンより彼方に」や「キャロル」とはずいぶん違う感じの作品だが、それでも映像や人物の心理描写などにヘインズ監督らしさは充分に発揮された作品だと思う。観終わって温かな気持ちになれた。

それにしても、ジュリアン・ムーアの相変わらずの怪演がすごい。大女優リリアン・メイヒューを華麗に演じたかと思えば、終盤には全く違う表情を見せる。およそ同一人物とは思えない演技である。

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●『ワンダーストラック』(WONDERSTRUCK)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間57分)
監督:トッド・ヘインズ
出演:オークスフェグリー、ミリセント・シモンズ、ジュリアン・ムーアミシェル・ウィリアムズ、ジェイデン・マイケル、トム・ヌーナン、コーリー・マイケル・スミス
角川シネマ有楽町新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://wonderstruck-movie.jp/