「女は二度決断する」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年4月17日(火)午後12時10分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。
ファティ・アキン監督は、カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界3大映画祭で受賞歴を誇るドイツの監督。それぞれの受賞作「愛より強く」「そして、私たちは愛に帰る」「ソウル・キッチン」をはじめ、移民問題などの社会的テーマを扱った作品が多い。ただし、作品のタイプはバラエティーに富んでいる。例えば前作「50年後のボクたちは」は痛快な青春コメディだった。
そんなアキン監督が今回手がけたのは、ドイツで起きたネオナチによる連続テロ事件にインスパイアされた「女は二度決断する」(AUS DEM NICHTS)(2017年 ドイツ)。今回も様々な社会的なテーマが提示された作品だが、エンタメ性が高くサスペンスとしての魅力にあふれている。
冒頭に登場するのは刑務所のシーン。ある受刑者がタキシードを着て、受刑者仲間から祝福されている。麻薬取引で服役しているトルコ系移民のヌーリ。彼とドイツ人女性のカティヤ(ダイアン・クルーガー)の結婚式が行われるのだ。手持ちカメラを使いプライベートフィルム風に見せるその映像が出色。こうして手持ちカメラやアップを多用して、リアルさやスリリングさを増幅させるなど、魅力的な映像が満載の作品である。
本作は3章構成となっている。そこから1章「家族」がスタートする。数年後、ヌーリは出所して、トルコ人街で在住外国人相手にコンサルタント会社を始め、カティヤは経理を担当していた。2人の間には6歳の息子ロッコもいて、幸せな日々を送っていた。
そんなある日、親友とスパに行くために、カティヤはロッコをヌーリの職場に連れて行き、世話を任せる。だが、それからしばらくして、ヌーリの事務所前で爆発事件が起こり、彼とロッコが犠牲になってしまう。警察はヌーリがトルコ系移民であることから外国人同士の抗争を疑うが、カティヤは移民を狙ったネオナチによるテロに違いないと訴える。
主人公カティヤのキャラ設定が秀逸だ。彼女はけっして品行方正な女性というわけではない。ヌーリと知り合ったのは大学時代に、彼から麻薬を買ったことがきっかけ。その後、彼女は大学も中退している。そんなこともあって、母はヌーリを嫌っていた。そうした人間臭いキャラのおかげで、観客は彼女に感情移入しやすくなる。
そして何よりも彼女は生粋のドイツ人だ。それでも移民と関わったことでテロ事件の被害者となり、警察からも理不尽な扱いを受けてしまうのだ。こうした経緯を見れば、どんな人でも移民問題は他人事ではないと感じるのではないだろうか。
1章で目につくのは、ヌーリの心理描写のリアルさである。爆発事件を知った時の戸惑いと混乱、夫と息子が犠牲になったと聞いた時の放心状態、警察の理不尽な質問に対する怒り、そして拭いようもない喪失感。
アキン監督は、カティヤのアップを中心に彼女の心理を切り取っていく。それに応えたダイアン・クルーガーの演技が素晴らしい。激しい演技から抑制的な演技まで、すべての演技が納得できるし、見応えがある。特に感情を押し殺しつつも、そこからにじみ出してくる言いようのない思いを伝える演技が絶品だ。タバコを吸うだけで、彼女の心の内が伝わってくる。
ちなみに、もともとドイツ出身の彼女だが、ハリウッドやヨーロッパの他国で活躍することが多く、母国語であるドイツ語で演じるのは今回が初めてとか。
印象深いシーンが多い作品だ。カティヤが初めて事件現場に足を踏み入れたシーン、息子のベッドで悲嘆にくれるシーン、そして自殺を決意したバスルームでの鮮烈なシーンなど、頭からずっと離れそうにないシーンが続く。
やがてカティヤの主張通り、ネオナチの若いドイツ人夫婦が逮捕される。その知らせを受けたカティヤが留守番電話を何度も聞くシーンも、印象的なシーンの一つだ。
犯人逮捕となれば、2章は当然法廷劇となる。題して「正義」。逮捕されたネオナチ夫婦は、どう見ても真犯人だ。夫の父も、2人が犯人だとしてカティヤに謝罪する。それでも判決の行方に不穏な空気を漂わせる。特に被告側弁護士の強烈なキャラが、法廷劇の緊迫感を煽り立てる。彼は些細なことに拘泥し、狡猾な法廷戦術によって事実を捻じ曲げようとする。それを通して法廷サスペンスとしての醍醐味が膨らんでいく。
もちろん2章でも、カティヤの心理描写が冴えわたる。遺体の損壊状況を語る検死官の証言を聞いて、そのむごたらしさに耐えられなくなった彼女の心痛。真実は明らかなのに、それがなかなか判決につながらない苛立ちや怒り。あるいは親友のもとに誕生した赤ん坊を見た時の彼女の複雑な気持ち。そうした心理がひしひしと伝わってくるのである。
はたして、「正義」は貫かれるのか。裁判の結果は意外なものであり、それによって司法の持つ限界がさらけ出される。これもまた移民排斥などと同様に、この映画に込められた重たいテーマになる。
「海」と題された3章。すでに2章までのあまりにもリアルで切迫感に満ちた心理描写によって、ほとんどの観客はカティヤに感情移入し、彼女の行動を肯定的に受け止めているのではないか。
その思いに応えるかのように、復讐という目的を達成するために突き進むカティヤだが、そこには当然ためらいもある。はたして、彼女はどんな決断をするのか。
ラストのカティヤの行動には賛否両論がありそうだ。とはいえ、それまでのドラマを見ていれば、けっして不自然な行動とはいえないだろう。「なるほどそれもありか」と思わせられる。
何よりも観客に判断をゆだねた曖昧な結末ではなく、衝撃的なラストを選択したことによって、アキン監督はカティヤの復讐を後押しした観客に対して、「それは本当に正しいのか?」と重たい問いを投げかけたのだと思う。観客は、もはや傍観者ではいられないのである。
オレ的には傑作の部類に入る映画だと感じた。移民、司法、復讐など硬派の社会的テーマを抱え込みつつ、リアルでスリリングなサスペンスとしてエンタメ性もきちんと確保している。これだけレベルの高い作品は、アキン作品の中でも群を抜いているのではないだろうか。ラストがラストだけに爽快さや痛快さとは無縁だが、超ヘヴィー級の見応えを持つ作品であることは保証する。
◆「女は二度決断する」(AUS DEM NICHTS)
(2017年 ドイツ)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・シャンクラン、ヌーマン・アチャル、ウルリッヒ・トゥクール
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.bitters.co.jp/ketsudan/