映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ザ・スクエア 思いやりの聖域」

ザ・スクエア 思いやりの聖域」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年4月29日(日)午前11時25分より鑑賞(スクリーン1/D-11)

昔、有名な現代美術家にインタビューを申し込んだら、1時間で100万円のギャラを要求されて、ぶっ飛んだことがある。すっかり忘れていたその時のことを思い出したのは、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」(THE SQUARE)(2017年 スウェーデン・ドイツ・フランス・デンマーク)という映画を観たからだ。

前作「フレンチアルプスで起きたこと」で一躍注目を集めたスウェーデンリューベン・オストルンド監督の作品だ。2017年の第70回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した。

「フレンチアルプスで起きたこと」は、雪崩に巻き込まれそうになったことをきっかけに、家族の様々な亀裂が表面化してくるドラマ。トラブルをきっかけに人間の様々な側面が見えてくるという構図は、今回も同じである。

主人公のクリスティアン(クレス・バング)は有名美術館のキュレーター。洗練されたファッションに身を包み、バツイチだが2人の娘を持ち、そのキャリアは順風満帆のように見える。

ただし、彼の美術館が扱うのは現代アートだ。冒頭近くのインタビューで、クリスティアン現代アートの展示には多額の資金が必要で、金集めが大変であることを語る。高邁なコンセプトや社会的メッセージを持つ作品も多い現代アートが、金まみれの世俗的な環境に置かれているというのは大いなる矛盾ではないのか。

そうなのだ。この映画ではこうした現代社会や現代人が抱える様々な矛盾が、赤裸々に描かれるのである。中でも矛盾だらけなのがクリスティアンだ。

クリスティアンは、次の展覧会で「ザ・スクエア」という作品の展示を計画する。それは地面に正方形を描き、その中では「すべての人が平等の権利を持ち、公平に扱われる」という「思いやりの聖域」をテーマにした作品だ。その背景には、今の世の中の利己主義や貧富の格差への批判があるのだが、肝心のクリスティアンは、トラブルをきっかけにそうした姿勢とは矛盾する行動をとるようになる。

そのトラブルとは、街中で巧妙かつ大胆なスリに遭い、スマホと財布を盗まれてしまうというもの。クリスティアンは、GPS機能を使って犯人の住むらしいアパートを突き止める。そこで部下は脅迫状めいた手紙を全戸に配って、スマホと財布を取り戻そうと提案する。

だが、クリスティアンはそれを拒否する。さすが現代アートを扱うインテリである。と思ったら、それはほんの一瞬のこと。何のことはない、彼はすぐに翻意して自ら率先して脅迫文を考えるのだ。何という軽薄なヤツ! ここで早くも、彼の矛盾だらけの生き方がクローズアップされるのである。

その手紙をクリスティアンと部下のどっちが配るかで、すったもんだする光景が笑える。前作もそうだったが、オストルンド監督の映画にはシニカルな笑いがたくさん用意されている。

特に印象深いのが異物を投入した笑いだ。例えば、トークショーで卑猥で乱暴な言葉を発する男を客席に配する(その男が精神に病を抱えているという設定)。冒頭近くでクリスティアンにインタビューした女性記者(エリサベズ・モス)の家には、なぜか猿(チンパンジー?)がいて、人間と同じように暮らしている。

こうして、既成の秩序や常識の中に様々な異物を投入することで、何とも不思議で皮肉に満ちた笑いを振りまいていくのである。

クリスティアンは、女性記者と関係を持ってしまう。その際も「絶対に寝ないぞ」と発言した直後に寝てしまうという節操のなさ。この女性記者は後日、クリスティアンを「権力をひけらかして女を誘惑している」と非難する。彼の女たらしぶりが明確に描かれているわけではないが、どうやらその指摘は的外れではないようだ。いやはや。

さて、最初のほうで消えたクリスティアンスマホと財布は、意外なほどあっさりと戻ってくる。だが、そこからが本当のトラブルだ。例の脅迫めいた手紙のせいで、クリスティアンは面倒くさいことに巻き込まれていく。

そして、彼はもう一つのトラブルに巻き込まれる。展覧会のPRをめぐって、PR会社は炎上商法を持ちかける。別のトラブルで頭がいっぱいだったクリスティアンは、あっさりとそれを許可する。だが、彼らがつくった動画は想像を超えた過激さで、世間の批判を浴びてしまうのである。

こうしてクリスティアンはどんどん追い詰められていく。矛盾だらけの行動のツケをどう払うのか。最初は、高みの見物でそれを眺めていた観客も、次第に他人事ではいられなくなる。「あなたならどうする?」というオストルンド監督の問いかけが聞こえてきて、何やらいたたまれない気持ちにさえなってくるのだ。

そのいたたまれなさが頂点に達するのが、終盤のパーティーシーンだ。そこで登場するとんでもない異物。出席したセレブ達の恐怖が観客にも伝播する。もはや誰にも高みの見物など許さない戦慄の世界に突入するのである。

その後も、貧富の格差や差別、言論の自由など様々な社会的テーマを提示しつつ、ドラマは終焉を迎える。当然ながら安直なハッピーエンドなどは用意されていないが、悲惨なエンディングというわけでもない。

「間違ったらそれを直して前に進めばいい」。そんなある人物の言葉を受けて、クリスティアンは娘たちとともに、ある場所へと向かう。矛盾だらけの行動を繰り返し、追い詰められ、ようやく自分がすべきことに気づくクリティアン。もしかしたら、それは観客自身の姿なのかもしれない。

笑いながら矛盾だらけの人間存在を見せつけられ、やがて背筋が寒くなってくる。こういう映画をつくるのは、オストルンド監督をおいて他にはいないだろう。超個性的でインパクトの強い映画である。

f:id:cinemaking:20180501204701j:plain

◆「ザ・スクエア 思いやりの聖域」(THE SQUARE
(2017年 スウェーデン・ドイツ・フランス・デンマーク)(上映時間2時間31分)
監督・脚本:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング、エリザベス・モス、ドミニク・ウェスト、テリー・ノタリー
*ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://www.transformer.co.jp/m/thesquare/