映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル
TOHOシネマズシャンテにて。2018年5月5日(土)午後12時10分より鑑賞(スクリーン1/E-11)。

フィギュアスケートというと華麗な世界を連想するが、そこはやはり厳しい競争の世界。実際にはドロドロの場面もあったりするわけだ。そんなフィギュアスケート界のドロドロ事件の代表格が、1994年に起きた「ナンシー・ケリガン襲撃事件」だ。

全米のトップ選手でオリンピックにも二度出場しながら、その襲撃事件に関与したことで話題になったのがトーニャ・ハーディング。彼女の半生を描いた伝記映画が「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」(I, TONYA)(2017年 アメリカ)である。

全体の構成は、関係者のインタビューに基づく再現ドラマになっている。ただし、最初に断りがあるように、それが事実かどうかはわからないというスタンスを取っている。

証言するのはトーニャ本人、母ラヴォナ、元夫ジェフ・ギルーリー、その仲間のショーンなど。何やら全部怪しすぎる人物だ。しかも、ドラマパートだけでなくインタビューパートも役者たちが演じているのだが、それがまた彼らの得体の知れなさを増幅させている。

前半に描かれるのは母子の葛藤だ。貧しい家庭に育った少女トーニャ(マーゴット・ロビー)。彼女のスケートの才能に気づいた母ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)は、フィギュアスケートを習わせる。

ただし、この母親ときたら完全に常軌を逸している。彼女は暴力と罵倒で娘を鍛える。「この子はそうしないとダメ」などといかにも本人のためのように言っているが、どう見ても愛情のかけらなど感じられない接し方だ。「トイレに行きたい」という娘に、お漏らしするまで練習を続けさせるなど、モンスター級の壊れっぷりである。やがてトーニャの味方だった父親も家を出て行くが、それも当然だろう。

それでもトーニャは「自分が悪いんだ」と考えて、必死で練習を続ける。そして、全米のトップ選手にまで成長していく。ちなみに、アメリカ人選手で初めてトリプルアクセルを成功させたのが、このトーニャである。

こんな状況だから、トーニャは母親からの脱出願望を持っている。そんな中で現れるのがジェフ・ギルーリー(セバスチャン・スタン)という男だ。15歳で彼と出会ったトーニャはすぐに恋に落ちる。何しろ最初の頃のジェフはひたすら優しかったのだ。

ところが、まもなくジェフは豹変する。何かあればすぐに暴力をふるい、そのあとで「ごめん」と謝る。まさしくDV男の典型だ。その後、2人は正式に結婚するのだが、このDVがもとで何度も別れたりくっついたりを繰り返す。

DV母&DV夫のダブルパンチとくれば、どう考えてもトーニャはかわいそうなヒロインだ。だが、この映画では彼女をそんなふうには描かない。トーニャの言動はこれまた常軌を逸している。気に入らないことがあれば口汚くののしり、自己主張ばかりする。子どもの頃に「自分が悪いんだ」と言っていた反動なのか、今度は「全部他人のせいだ」と責任転嫁する。彼女自身もある種のモンスターのように描かれるのである。

要するにこの映画、モンスターが勢揃いなのだ。それゆえ、彼らの言動がいちいち笑えてしまう。彼らにとっては普通のことなのだろうが、はたから見ればあまりにもバカバカしくて笑ってしまうのだ。かつて「ラースと、その彼女」という風変わりな映画を撮ったクレイグ・ギレスピー監督のテンポの良い演出も、この映画にピッタリだ。

同時に、トーニャの心の揺れ動きもきちんと見せる。母との確執や離れたいのに離れられない夫との関係、セレブスポーツであるフィギアスケート界で異端視される自身の立場など、様々なことでもがき苦しむ彼女の姿が、リアルに伝わってくる。悲劇のヒロインでもなく、完全な悪のヒロインでもない。そんな微妙なトーニャの描き方が、実に印象的な作品である。

アルベールビル五輪に出場したもののメダルを逃し、一度はスケートを引退してウェイトレスになったトーニャ。しかし、リレハンメル五輪が通常の4年後ではなく、2年後にあると知り、コーチの勧めで復帰を決意する。

終盤は、五輪を前にした1994年に起きた「ナンシー・ケリガン襲撃事件」が描かれる。ナンシーはトーニャのライバルで、何者かに襲われて膝を強打されたのだ。ただし、大まじめに事件の真相を追及するわけではない。何しろ一見綿密に計画された犯罪のようだが、実はどうしようもない間抜けな事件なのだ。

そこで暗躍するのがジェフの友達のショーン(ポール・ウォルター・ハウザー)という男。コイツの壊れ方も半端ない。言っていることがほとんど誇大妄想で、話しているうちにどんどん変な方向に転がっていく。襲撃事件も彼のそんなキャラが起こしたともいえるのだが、それにしてもほとんどギャグマンガの世界である。

アメリカン・ドリームを体現するかのようにスターに祭り上げられたトーニャは、この事件によって徹底的にこき下ろされる。そんな世間やマスコミの動きも織り込みつつ、事件後の顛末が描かれる。

事件後、母はトーニャを訪ねる。どんな母でも母は母、やはり娘への愛情を示すのだな、と思ったのだが、おっとビックリの展開が待っている。最後の最後まで「私は悪くない」と言い続けるトーニャも含めて、コイツら本当に懲りない面々である。

それでも全体を通してみれば、ダメ人間たちの姿にそこはかとないおかしみや哀しみも感じられる。特に、トーニャについては「ああいう生き方しかできなかったんだろうな」と思えて何やら哀感が漂うのである。

製作も兼ねた主演のマーゴット・ロビーの成りきりぶりが素晴らしい。スケートシーンも本格的だ。この熱演だけでも観る価値がある。

この映画でアカデミー助演女優賞を獲得したDV母役のアリソン・ジャネイ、DV夫役のセバスチャン・スタンなどの演技も見ものだ。

オレも事件のことは覚えているが、ここまで壮絶でとんでもない背景があったとは知らなかった。いやはや、何とも恐ろしい。そして面白い。そんな作品である。

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◆「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」(I, TONYA)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間)
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:マーゴット・ロビーセバスチャン・スタン、ジュリアンヌ・ニコルソン、ボビー・カナヴェイルアリソン・ジャネイ、ポール・ウォルター・ハウザー、ボヤナ・ノヴァコヴィッチ、ケイトリン・カーヴァー、マッケナ・グレイス
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://tonya-movie.jp/