映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「サバービコン 仮面を被った街」

「サバービコン 仮面を被った街」
TOHOシネマズ新宿にて。2018年5月9日(水)午前9時50分より鑑賞(スクリーン11/D-8)。

理想と現実は別物だ。あまりにも理想的すぎる物には裏があるに決まっている。と思うのは、オレがひねくれているせいばかりではないだろう。そんな理想の裏にある闇を描いた映画が「サバービコン 仮面を被った街」(SUBURBICON)(2017年 アメリカ)である。

映画監督としても活躍する俳優ジョージ・クルーニーの監督最新作。脚本は「ノーカントリー」「ファーゴ」など数々の監督作でおなじみのジョエル&イーサン・コーエン兄弟が担当。ジョージ・クルーニーらも共同脚本として加わっている。

舞台は1950年代のアメリカのサバービコン。この街がいかに理想的な街であるかが、冒頭に軽快かつ朗らかに紹介される。最初に登場する郵便屋の満面の笑顔が、この街の素晴らしさを体現しているようだ。

だが、その直後、彼の笑顔は凍りつく。郵便を届けた先の住人は黒人だったのだ。この街は完全な白人だけのコミュニティー。そこに初めて黒人が移住してきたのである。その日から、周囲はにわかに騒然となっていく。黒人を排斥しようとする住民たちが、一家の家の周りに塀を建て、さらに連日押しかけて抗議行動を展開する。

どうやら、この一件は1950年代に実際に起きた人種差別暴動をモチーフにしたものらしい。それならば、いきなり住民が黒人一家に牙をむくのではなく、少しずつ悪意が露見する展開のほうがよかったのではないか。最初は「ウェルカム!」と大歓迎しつつも、少しずつその裏のどす黒い闇が見えてくる……といったように。

だが、それは無理な注文のようだ。この映画にはそんな余裕はないのである。なぜなら、この人種差別ネタに加えて、もう一つの事件が描かれるからだ。それは、引っ越してきた黒人一家の隣に住むロッジ家をめぐるあれこれだ。

ロッジ家の家族は、仕事一筋の父ガードナー(マット・デイモン)、車いす生活を送る母ローズ(ジュリアン・ムーア)、幼い息子のニッキー(ノア・ジュープ)。そして、ローズには双子の姉マーガレット(ジュリアン・ムーア=二役)がいる。

ある日、そのロッジ家に強盗が入る。強盗は、家族を縛ってクロロホルムをかがせ意識を失わせる。だが、クロロホルムの量が多かったことから、ローズが亡くなってしまう。やがてマーガレットが、ニッキーの母親代わりとなって面倒を見るようになる。

人種差別暴動と強盗事件。どちらも、理想的に見えた街と住人が抱える悪意が露見するきっかけではあるものの、2つの話がかみ合っていない気がするのはオレだけか? もう少し両者をうまく絡ませる仕掛けが欲しかった気がするのだが。

それでも強盗事件をめぐるあれこれは、なかなか面白く描かれている。実はこの強盗話、最初から怪しさが満点だ。間違いなく、そこには何かが隠されている。ガードナーを演じるマット・デイモンの無表情さ、マーガレットを演じるジュリアン・ムーアのハジケた演技からも、それが伝わってくる。

いや。おそらく多くの観客にとって、事件の真相は最初からほぼ見え見えだろう。事件後、まもなく警察が容疑者の面通しを行うのだが、そこでのガードナーとマーガレットの態度から、事件の真の黒幕は誰かがわかってしまうはずだ。

とはいえ、それがわかってからも興味が失われることはなかった。事件後に起きる出来事と、そこでうごめく人間模様が面白くて、飽きずに最後まで観てしまったのだ。犯人が最初からバレバレのサスペンスといえば、個人的にはテレビドラマ「刑事コロンボ」を思い出すのだが、ちょっとそれに似た雰囲気も感じてしまった。

無能を装いつつ事件の真相に迫っていく警察官。死んだローズにかけられていた保険金をめぐって暗躍するクセモノの保険調査員(「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」のオスカー・アイザックがいい味出してます)。こわもてだがオマヌケな実行犯の二人組。事件によって追いつめられるニッキーを守ろうとする叔父。そして、ガードナーとマーガレット。

そういうバラエティーに富んだ人々を、ブラックユーモアも交えつつ、シニカルな視線で描いていく。そのあたりは、いかにもコーエン兄弟が関わった脚本らしい。1950年代らしい街並みや音楽の使い方なども見どころだ。

ニッキーと隣家の黒人一家の息子との交流を描き、子供目線の描写をたくさん取り入れているのもこの映画の特徴だ。それが大人たちの上っ面だけの理想や嘘、欲望、本音などをより際立たせる。

終盤は怒涛の展開。人種差別暴動が最高潮に達する中で、強盗事件をめぐるあれこれも急展開を見せる。そのあたりの畳みかけ方は、スリリングでかなりの恐さだ。特に、ベッドの下に隠れたニッキーの目線で惨劇を描くシーンのハラハラドキドキ感は、かなりのものである。

同時に、終盤はほとんどホラー映画のようなエグい世界が展開する。この映画の製作には、ホラー映画専門製作会社のダーク・キャッスル・エンターテインメントが加わっているが、それにふさわしい展開といえよう。とはいえ、それでも目を離せないのは、やっぱりコーエン兄弟らしいシニカルさと、ブラックユーモアのせいだろう。

ラストは少年たちのキャッチボール。暴動と惨劇の果ての彼らの姿に、少しだけ救われた気がしたのである。

◆「サバービコン 仮面を被った街」(SUBURBICON)

(2017年 アメリカ)(上映時間1時間45分)
監督:ジョージ・クルーニー
出演:マット・デイモンジュリアン・ムーア、ノア・ジュープ、オスカー・アイザック、グレン・フレシュラー、アレックス・ハッセル、ゲイリー・バサラバ、ジャック・コンレイ、カリマー・ウェストブルック、トニー・エスピノサ、リース・バーク
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://suburbicon.jp/