映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」

「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2018年5月12日(土)午前11時50分より鑑賞(スクリーン2/G-9)。

貧富の格差は、いまや日本も含めて世界的な社会問題になっている。それを象徴するような場所が、アメリカのフロリダにあるディズニー・ワールド周辺だ。言わずと知れた世界的な娯楽施設ディズニー・ワールドには、多くの観光客が押し寄せてくる。だが、その外側には、ホームレスすれすれの低所得者層の人々が暮らす安モーテルが立ち並んでいる。

そんな場所を舞台に、貧困層の日常を描いた作品が「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(THE FLORIDA PROJECT)(2017年 アメリカ)だ。ショーン・ベイカー監督は、全編iPhoneで撮影した前作「タンジェリン」が高く評価されたとのこと(スイマセン。未見です)。

貧困層の人々の日常を描いたというと、何やら悲惨な話に思えるかもしれない。だが、実際はまったく違う。むしろそれはキラキラと輝く日常だ。どうしてそうなるかといえば、6歳の少女を中心とした子どもたちの目線で描いているからだ。彼らの日常は、大人たちの苦悩とは無縁の生命力に満ちたものなのである。

フロリダ・ディズニーワールドのすぐ側にある安モーテルで、その日暮らしの生活を送るシングルマザーのヘイリー(ブリア・ヴィネイト)と6歳の娘ムーニー(ブルックリン・キンバリー・プリンス)。ヘイリーは家賃の支払いに汲々としているが、ムーニーは同じモーテルに暮らす子どもたちと一緒に、冒険に満ちた日々を送っている。

映画の冒頭から、ムーニーと子どもたちが躍動する。彼らは車に唾を飛ばして持ち主を怒らせる。いたずら好きの悪ガキなのだ。だが、そんなイタズラや罰としてやらされる車の掃除さえ、彼らにとってはワクワクの冒険だ。そのワクワク感が観客にも伝染する。

もちろんムーニーたちの生活は苦しい。食料はボランティア団体による配給に頼ったり、レストランの残り物を分けてもらう。はては道行く人から小銭をめぐんでもらい、それでアイスを買ったりする。だが、そんなことさえ、彼らにとっては輝く毎日の楽しいひと時なのだ。

そうやって、日常の些細なことから楽しみを見つけていく子供たちの姿を、手持ちカメラを多用しながらドキュメンタリータッチで生き生きと映し出すベイカー監督。いかにもフロリダらしいパステルカラーを多用した映像も、彼らの日常をますます輝かせる効果を発揮している。ムーニーたちが暮らすモーテルの外装も紫色。おまけに、その名が「マジック・キャッスル」だというのが、何とも皮肉である。

それにしても、ムーニーを演じるブルックリン・キンバリー・プリンスの演技ときたら。どこまで意識して演技しているのかはわからないが、反則級のカワイらしさ、健気さ、そしてたくましさである。その他の子どもたちも含めて、最近の子役の中では出色の存在感だろう。

そんな子どもたちを見守るモーテルの管理人ボビー(ウィレム・デフォー)の存在感も見逃せない。子どもたちのやんちゃぶりに手を焼きながらも、時には厳しく、時には優しく彼らを見守る。人情味にあふれた管理人だ。

特に印象的なのが、変質者らしき男が子供たちに近づいた時の彼の態度。この映画で唯一といっていいほどの恐い態度で、その男を脅し、懲らしめる。いかに彼が、子どもたちを愛しているかが自然に伝わってくるシーンだ。

ボビーを演じるウィレム・デフォーの包容力ある演技が素晴らしい。ムーニーの母親役を演じるブリア・ヴィネイトは、ベイカー監督がインスタで発掘したという新人。彼女とブルックリン・キンバリー・プリンスの初々しく一生懸命な演技と、デフォーのいぶし銀の演技が絶妙にブレンドされて芳醇な香りを漂わせている。

ドラマが進むにつれて、子供たちのキラキラした日常の隙間から、格差問題を象徴するような場面が、チラリチラリと顔を出してくる。安モーテルと対照的な豪華なリゾート施設、ひっきりなしに飛んでくる観光用のヘリコプター、ド派手な装飾の土産物店、廃虚となった空き家(そこで、ある事件が起きるのだが)、動物たちがいる草原……。

終盤は、ムーニーたちの生活に大きな影が差し込んでくる。失業中のヘイリーは贋物のブランド品をお金持ちに売りつけ、さらに自らの体も売っていたのだが、その生活もついに行き詰まる。

こうした貧困層の転落ぶりは、けっして珍しい展開ではない。しかし、厳しい現実を突きつけられ、もはや無邪気なだけではいられないことを悟ったムーニーの思いが、観客の心を直撃する。初めて感情をあらわにした彼女の痛切な表情がたまらない。その少し前のホテルのバイキングでの幸せそうな表情が伏線になって、余計に胸が締め付けられるのだ。

いったいムーニーは、どこへ向かうのだろうか。ラストにはあっと驚く仕掛けが用意されている(それが何かは伏せるがヒントは「魔法の国」)。明確なハッピーエンドではないし、観客の想像力に委ねた余白のあるラストだ。

最初にこのシーンを観た時には、ファンタジーの世界への現実逃避にも思えたのだが、そのうちにそうではない気がしてきた。あれはムーニーにとっての一種の通過儀礼であり、その先には無限の可能性が広がっているのではないか。あの場所から出た時に、彼女は大人への階段を確実に一歩昇っているに違いない。個人的には、ムーニーの成長と未来の可能性を感じさせる味わい深いラストだった。

子どもたちのキラキラした日常を生き生きと描き、その背景にある格差問題をあぶりだし、さらに彼らのたくましさと可能性もしっかりと刻み付けた佳作だと思う。ブルックリン・キンバリー・プリンスをはじめ子役たちの熱演だけでも、十分に元の取れる映画だ。

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◆「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(THE FLORIDA PROJECT)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間52分)
監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
出演:ウィレム・デフォー、ブルックリン・キンバリー・プリンス、ブリア・ヴィネイト、ヴァレリア・コット、クリストファー・リヴェラ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
*新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ http://floridaproject.net/