「ビューティフル・デイ」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月1日(金)午後2時より鑑賞(シアター1/E-11)。
この映画を観てオレは思わずつぶやいた。「何じゃ? こりゃ!」。松田優作の物まねではない。そのぐらいぶっ飛んでしまったのだ。
その映画は「ビューティフル・デイ」(YOU WERE NEVER REALLY HERE)(2017年 イギリス)。ジョナサン・エイムズの小説をリン・ラムジー監督が映画化した。ラムジー監督には2011年の「少年は残酷な弓を射る」という鮮烈な作品があるが、それ以来の作品になる。
オレがいったい何にぶっ飛んだのか。映画には観客の想像力を刺激する作品も多い。いったいこれは何を表しているのか? 明確な説明がないままにドラマが進み、観客は与えられたわずかなパズルをヒントに、必死で想像力を働かせるのである。
「ビューティフル・デイ」もそんな映画だ。ただし、スケールが違う。90分間、最初から最後までずっと観客の想像力を刺激し続けるのだ。こんな映画はめったにあるものではない。
冒頭から謎めいたシーンが続く。数字をカウントダウンする声、「猫背は嫌いだ。背筋を伸ばせ」という声、少年の姿、呼吸ができないように頭からビニール袋をかぶせられた人物……。何じゃ? こりゃ!
これ以降も、主人公の過去の出来事らしきフラッシュバックや、イメージショットなどが、あちらこちらに挟み込まれる。だが、そうしたことについての詳しい説明は一切ない。観客が想像力を働かせるしかないのである。
そこからおぼろげに浮かんでくるのは、主人公のジョー(ホアキン・フェニックス)の人物像だ。彼は元軍人で、過去のトラウマに苦しみ、自殺願望を抱えながら生きているらしい。仕事は行方不明者の捜索のスペシャリスト。家には年老いた母がいて、彼女の世話をしている。
そんな彼のもとに、仲介人を介して州の上院議員から、行方不明の10代の娘ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ)を捜して欲しいという依頼が舞い込む。ジョーはさっそくハンマー片手にニーナが囚われている売春宿を急襲し、無事に彼女を救い出す。だが、まもなくニーナの父親は死に、彼女は再びさらわれてしまう。ジョーの周辺の人物も殺されてしまう。
というわけで犯罪サスペンスではあるのだが、事件の謎解きなどはほとんどない。最低限のセリフで、ジョーの周辺に起きる出来事を鮮烈な映像で見せていく。例えば、殺されたある人物の遺体をジョーが湖に沈めるシーン。それはまるで絵画のような美しさだ。
アクションシーンもほとんどない。いや、あるのはあるのだ。なにせジョーは仕事をする際に、暴力性をむき出しにする。そうでなければ無事に任務を遂行できない危険な仕事だ。だが、暴力シーンもその前後を描くだけで、そのものズバリのシーンはほとんどない。それもまた観客が自ら想像するしかないのである
音楽の使われ方も印象的な作品だ。「少年は残酷な弓を射る」の音楽も担当した「レディオヘッド」(有名なバンド)のジョニー・グリーンウッドが、不協和音を生かした音楽など独特の音の世界を構築し、ドラマの危険さや怪しさ、緊迫感などを増幅させている。
一方、ドラマ的な最大の見せ場はジョーとニーナとの交流だろう。危険な男と少女との交流といえば、ジャン・レノとナタリー・ポートマンが共演した「レオン」あたりを連想するが、それとは全く違う。というか、2人が絡む場面自体がそんなに長くないのである。
だが、それでも2人の心の通い合いはクッキリと刻まれる。深いトラウマを抱えたジョー。自殺願望を抱え、生死の境界線をフラフラと彷徨っている。そして、過酷な運命によって心が壊れてしまったニーナ。こちらも亡霊のような佇まいである。そんな2人の魂が共鳴する。それがスクリーンのこちら側にも自然に伝わってくるのである。
それにしても、ジョーを演じたホアキン・フェニックスの演技がスゴイ。ジョーのトラウマの原因が明確でないにもかかわらず、その傷の深さがダイレクトに伝わってくる。彼の苦悩、荒廃した心、それでも依然として失われていない優しさなどが、セリフ以外の演技によってきちんと表現されている。恐ろしく、優しく、悲しい演技である。
一方、ニーナを演じたエカテリーナ・サムソノフも不思議な魅力を持っている。絶望を体現したようにジョーのヒゲ面の巨体と対照的な、透明で中身が空っぽのようなニーナの存在感を巧みに見せている。今後が楽しみな女優だと思う。
先ほどジョーとニーナの魂の共鳴について述べたが、それは終盤になってさらに高らかに鳴り響く。再びさらわれたニーナを救おうとするジョー。そこで彼が見たものは……。
ラストのレストランでのシーン。戦慄の果てに邦題の「ビューティフル・デイ」が大きな余韻を残す。ジョーとニーナのその後について、思いをはせずにはいられない。
カンヌ国際映画祭で脚本賞と男優賞の2冠に輝いたのも納得の作品だ。脚本、演出、映像、音楽、演技などすべての要素が一体となって、芸術的な領域にまで達した映画ではないかと思う。最初から最後まで、無駄なシーンがまったくない。90分間があっという間に過ぎてしまった。あまりにも個性的過ぎる映画なので、人によって好みが分かれそうだが、一見の価値はあるだろう。
◆「ビューティフル・デイ」(YOU WERE NEVER REALLY HERE)
(2017年 イギリス)(上映時間1時間30分)
監督・脚本:リン・ラムジー
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ、ジョン・ドーマン、アレックス・マネット、ダンテ・ペレイラ=オルソン、アレッサンドロ・ニヴォラ
*新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ http://beautifulday-movie.com/