映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「万引き家族」

万引き家族
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月2日(土)午後12時10分より鑑賞(スクリーン3/F-15)。

第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」。日本映画としては1997年の今村昌平監督の「うなぎ」以来21年ぶりの最高賞である。それを記念して正式公開1週前の週末に先行上映された「万引き家族」を、さっそく鑑賞してきた。

タイトル通り万引きで暮らす家族のドラマである。オープニングで、いきなり万引きの場面が登場する。治(リリー・フランキー)のサポートで、息子・祥太(城桧吏)がスーパーの商品を盗む。その犯行直前の彼の独特のポースが面白い。そして犯行を終えると何食わぬ顔で商店街でコロッケを買い帰宅しようとする。万引きは彼らの生活に欠かせない日常なのだ。

だが、彼らは帰宅途中で、近所の団地の廊下で寒さに震えている女の子を見つける。放っておけない治は、少女を家に連れ帰る。

高層マンションの谷間に取り残されたように建つ古い一軒家の治たちの家。そこにいるのは、妻・信代(安藤サクラ)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)、家主の初枝(樹木希林)、そして翔太。彼らは初枝の年金で生活し、足りない分は万引きなどで稼いでいた。その生活に、ゆり(佐々木みゆ)と名乗る少女が加わったわけだ、

そう聞くと、治たちはとんでもない連中に思うかもしれない。だが、彼らとて遊んで暮らしているわけではない。治は工事現場で、信代はクリーニング工場で働いている。それでも、非正規雇用で給料は安い。のちに治はケガをするが労災保険は支給されないし、信代はリストラされてしまう。いわば彼らは格差社会の底辺の貧困層なのだ(ちなみに亜紀は風俗店で働くが、その稼ぎは事情があるのか家には入れていないようだ)。

是枝監督は、自作にことさらに社会的メッセージを込めたことはないと語っているようだが、扱うテーマの多くは社会的なものであり、それを真摯に描くことで自然に観客に問題提起を行っているのは間違いない。今回も社会から見捨てられた貧困層の人々にスポットライトを当てることで、確実に社会性が感じられる映画になっている。

前半は一家の日常を生き生きと、そしてリアルに描いていく。特に、アドリブのような自然なセリフと登場人物の心理を繊細に見せる映像で、観客は一家の生活に深く入り込んでいく。コミカルな要素もあるし、光と影を効果的に使った映像も印象的だ。

そうした描写を通じて家族としての一体感が見えてくる。明確な説明があるわけではないが、彼らがそれぞれ過去の傷を背負っているらしいことがチラチラと示される。新たに家族に加わったゆりも、どうやら虐待を受けていたらしいことが示唆される。

ドラマは比較的早いうちに転機を迎える。ゆりが行方不明になった女の子だったことがわかる。信代は、ゆりが帰りたいと言えば戻すつもりだったが、彼女はこのまま一家と暮らすと言う。こうして、ゆりは治たちと暮らし始める。

この一件を通して、一家の絆がよりクッキリと見えてくる。それはお互いに過去の傷を持つ者同士の共鳴といってもいいかもしれない。

とくれば、彼らは間違いなく本物の家族に見えてくるわけだが、中盤になってどうやらそうではないらしいことがわかってくる。そんな一家が、本物の家族より家族らしい佇まいを見せる。それを通して「家族とは何か?」「血のつながりがなければ家族ではないのか?」といった問題提起が観客に投げかけられる。このあたりは過去の是枝作品の「そして父になる」や「海街diary」とも共通するテーマである。

そんな彼らの家族としての輝きが最高潮に達するのが、海に遊びに出かけた場面だ。性的成長に関する会話を交わす治と翔太をはじめ、どこからどう見ても正真正銘の家族に見える。

だが、その先に待っているのは衝撃的な出来事だ。おりしも、成長するにつれて翔太は一家の犯罪稼業に疑問を抱き始める。そのことが大きな破綻をもたらす。

終盤では、家族それぞれをアップで映した告白シーンが登場する。ここもアドリブのような自然でリアルで短いセリフが、彼らの胸の内をダイレクトに伝える。その半端でない緊張感は、是枝監督の前作「三度目の殺人」をも想起させる。

そこで彼らがやってきたことが明らかになるとともに、なぜそうした行動に至ったかが少しずつ見えてくる。彼らは最初から「万引き家族」になろうとしたわけではなく、運命のいたずらでそうなってしまったのである。

最後に描かれる後日談も印象深い。治と翔太の絆を確認しつつも、そこから自立しようとする翔太の成長を示唆する。その一方で、まだ幼いゆりの不安定な現実を突きつける。単純な結末を示さず、観客の判断にゆだねるあたり、いかにも是枝監督らしい終わり方といえるだろう。

夫婦を演じたリリー・フランキー安藤サクラは、さすがに見事な演技だ。久々に関係を持ったあとの微妙な空気感をはじめ、どれも納得の演技である。樹木希林の味のある演技も素晴らしい。松岡茉優はここでも存在感十分だし、子役たちの初々しい演技も心に残る。

是枝作品中でベストとは断言できないが、過去の作品のエッセンスも織り交ぜた集大成的な作品といえるのではないか。そういう点で、カンヌのパルムドールもなるほどと思わせられた。

それにしても、明確な大団円が用意されている映画でないにもかかわらず、観終わって漂う温かさ、優しい空気感は何なのだろうか。おそらくこの一家の誰もが、悪事を働きつつも、人間としての優しさを失っていないからだろう。ワケありの人々が肩を寄せ合って生きていた。それを見守る是枝監督の視線も温かい。それがこの映画の最大の魅力なのだと思う。

◆「万引き家族
(2018年 日本)(上映時間2時間)
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー安藤サクラ松岡茉優池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人森口瑤子山田裕貴片山萌美柄本明高良健吾池脇千鶴樹木希林
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて6月8日より全国公開
ホームページ http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/