映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「レディ・バード」

レディ・バード
TOHOシネマズシャンテにて。2018年6月3日(日)午後12時より鑑賞(スクリーン1/E-12)

アメリカ映画といえば、ハリウッドのメジャーな作品に目が行きがちだが、実際は素晴らしいインディーズ作品がたくさんある。ノア・バームバック監督の2011年の「フランシス・ハ」もそんな映画。ニューヨークを舞台に、プロのダンサーを夢見る女性の思うに任せない人生を描いたドラマだが、その作品で主演と共同脚本を務めていたのがグレタ・ガーウィグ。その後も、2016年の「20センチュリー・ウーマン」などで見事な演技を見せていた。

そんな彼女の監督作品が「レディ・バード」(LADY BIRD)(2017年 アメリカ)である。これまでも日本未公開の共同監督作品はあったようだが、単独での監督作品はこれが初めてとなる。

17歳の女の子の高校生活最後の1年を描いた青春ドラマだ。舞台になるのは2002年のカリフォルニア州サクラメント。ガーウィグ自身の生まれ故郷ということで、自伝的要素も盛り込まれた作品のようだ。

映画が始まって間もなく、驚きのシーンが登場する。サクラメントカトリック系の高校に通う主人公クリスティン(シアーシャ・ローナン)が、母のマリオン(ローリー・メトカーフ)が運転する車に乗る。日頃から口うるさい母親とぶつかっていたクリスティンは、この日も大学進学をめぐって口論になる。母親は地元に残って欲しいと願っているのだが、クリスティンは閉塞感漂うこの街を飛び出して大都会ニューヨークに行きたいと言い出したのだ。

その時にクリスティンがとった行動がスゴイ。なんと彼女は走る車のドアを開けて、外に飛び出してしまう。幸い腕を骨折した程度で済んだが、場合によっては命にもかかわる行動だ。

このようにクリスティンは、時にエキセントリックで予想もつかない行動をする。だが、とんでもない変人かというと、そうではない。基本は、どこにでもいそうな普通の高校生なのだ。ただし、微妙なお年頃のせいもあってあちこちに心が揺れ動く。

クリスティンの現状を象徴するのが、自らを「レディ・バード」と称していることだ。親がつけた名前を嫌い、先生や友達、そして親にもそう呼ばせる。鳥のように羽ばたきたいという思いが、そこに込められているのかもしれない。

ただし、明確な目標があるわけではない。先生から学校内で開かれるミュージカルのオーディションに応募するように言われたクリスティンは、「数学オリンピックに出たい」と言うのだが、先生からは「だってあなた数学が苦手でしょう」と切り返されてしまう。そう。何かをしたいけれど、何をしていいかわからない。そんな不安定なお年頃のクリスティン。こうした絶妙なキャラ設定が、多くの観客の共感につながるはずだ。

ガーウィグ監督は、クリスティンの日常を、テンポよく、生き生きと描いていく。友達と楽しく過ごしたり、ちょっとしたことですれ違いが生まれたり。ボーイフレンドができたと思ったら、彼が同性愛だったり。その後にできた新しいボーイフレンドとも微妙な関係だったり。けっして突飛ではなく、あの年頃の女の子にありがちな出来事を、キラキラとした青春の輝きとともに捉えていく。

ユーモアもタップリと散りばめられている。特に笑ったのが、演劇の稽古で急遽起用された指導役の教師が、アメフトのコーチそのままの指導を行うシーン。舞台をフィールドに見立ててフォーメーションを伝えるシーンに、思わず爆笑してしまった。

その間も、母親との葛藤は続く、母は当然ながらクリスティンのことを心配して口うるさく言うのだが、それでもクリスティンは反発する。2人とも自我が強く似た者同士。親子だからこそぶつかってしまうわけだ。このあたりも、多くの観客が経験することではないだろうか。

進学をめぐって2人が対立する背景には、一家の経済状況もある。母は看護師として忙しく働くが、父は失業してしまう。兄(どうやら彼は養子らしい)は大学を出たのに、奥さんとともにスーパーのレジ係をしている。ニューヨークの大学に娘をやる経済的余裕はないのだ。

それでもクリスティンは自分の意思を通そうと奮闘する。それには父親も内緒で協力する。同時に、友人やボーイフレンドとの関係をはじめ、様々な失敗を糧に、クリスティンは少しずつ成長していく。

そしていよいよ卒業の時。そこから先の展開は伏せるが、ここも絶妙な仕掛けだ。「レディ・バード」からクリスティンへ戻り、故郷のありがたさを再認識する彼女の姿を通して、温かな余韻を残してくれる。

まさに等身大の青春が描かれている作品だ。女性、男性を問わず、この映画を観た人の多くが「これは自分の物語だ」と思ってしまうのではないだろうか。クリスティンの輝きや苦悩、成長はガーウィグ監督と観客自身のものでもあるのだ。

クリスティンを演じたシアーシャ・ローナンは、すでに若くしてその演技力が高く評価されているが、今回は実にナチュラルで魅力的な演技を見せている。母親役のローリー・メトカーフ、父親役のトレイシー・レッツ、友達役のビーニー・フェルドスタインなどの演技も印象に残る。「君の名前で僕を呼んで」のティモシー・シャラメも、ボーイフレンド役で独特の存在感を示している。

ちなみに本作は、第90回アカデミー賞で作品賞ほか6部門にノミネートされ、ガーウィグ監督も女性として史上5人目の監督賞候補になった。監督として、女優として、今後の活躍が大いに期待できそうだ。

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◆「レディ・バード」(LADY BIRD)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間34分)
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナンローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズティモシー・シャラメ、ビーニー・フェルドスタイン、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ロイス・スミス
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://ladybird-movie.jp/