映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「Vision」

Vision
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月8日(金)午前11時30分より鑑賞(スクリーン2/E-9)。

ここのところ「あん」「光」と比較的わかりやすい映画を撮ってきた河瀬直美監督。しかし、今回はけっこう難解。人によって様々な解釈が成立しそうな余白の多い作品だ。そもそも以前の河瀬監督は、こうしたタイプの作品が多かったし、地元の奈良・吉野の森を舞台にすることも多かった。そういう点で、原点に回帰したような映画といえるかもしれない。

舞台となるのは吉野の山深い森。地元で暮らす智(永瀬正敏)という男が森の手入れをしている。そんな中、フランスの女性エッセイスト、ジャンヌ(ジュリエット・ビノシュ)が、助手の花(美波)とともにやってくる。ジャンヌは“ビジョン”を求めてやってきたという。

それは、人類のあらゆる苦痛を取り去ることができる幻の薬草らしい。だが、智はビジョンのことを知らないようだった。一方、智の近くに住む謎めいた老女アキ(夏木マリ)は、誰かがやってくることを予感していた。ビジョンについても何かを知っているらしかった。

20年前にこの地にやってきたという智は、いかにもワケあり風の男だ。だが、それ以上に謎だらけなのがアキだ。彼女は盲目だが、鋭い感覚を持つらしい。しかも、「自分は1000年前に生まれた」などと奇妙なことを言う。まるで異界の住人のようなファンタジー的存在なのである。

そして、ジャンヌも何やら秘密を抱えている模様。途中で何度も挟まれる意味不明な短いショットなどから、それが類推できる。

このようにサスペンス的要素を持ちつつも、一筋縄ではいかない物語である。哲学的だったり、精神世界を感じさせるようなセリフなどもある。

ちなみに言語的には日本語以外に、助手の花がいる前半はフランス語と英語が入り乱れ、後半は英語中心に展開する。

ジャンヌと智は少しずつ親密になっていく……。いや、少しずつではなく一気に関係を持つのだ。どう考えても唐突やろッ! とツッコミを入れたくなったが、まあ、それはそれ。

同時に、森には何か大きな異変が起きつつあることが語られる。そして、ビジョンは997年(だっけ?)に一度胞子を放出するということで、その時がもう間近に迫っているらしい。むむ? 何やらSFやホラー的な要素もあるなぁ。とにかく、たくさんの要素がばらまかれた作品なのである。

前半のハイライトは、アキが森に姿を消すところ。それもただ姿を消すのではない。この映画のシンボル的な存在の老木の前で、謎のダンスを踊るのだ。何なんでしょう? これ。アキはある種のシャーマン(巫女)的な存在なのだろうか。

ジャンヌはいったんフランスに帰り、秋になって再訪する。その間に智は、森でケガをしていた鈴(岩田剛典)という青年を助ける。彼はそのまま残り、智の仕事を手伝うようになる。

後半も謎だらけだ。鈴が姿を消したり、謎の東洋人男性(森山未來)が何の脈絡もなく登場したり、智がいつも山に連れて行っていた犬が、謎の死を遂げたり(この犬、演技賞ものです)。

そうかと思えば、「人間の脳には攻撃性の残った部分がある」なんてセリフも飛び出す。そのせいで人間だけが戦争をしたり、虐殺をするのだという。

この謎だらけの世界が、このまま最後まで続くのか???

と危惧したのだが、後半30分ほどで意外な事実が提示されることになる。ここはネタバレになるので伏せておくが、映画の冒頭に登場した猟師(田中泯)が引き起こした悲劇にまつわるドラマだ。そこに、ジャンヌ、鈴、謎の東洋人、アキなどが絡んでくる。やや強引ではあるものの、多くの謎がここで一つにつながるのである。

その後は幻想的シーンが連続する。そして、何よりも全編を通して、吉野の森の様々な表情がまるでアート作品のように美しく、鮮烈に描写されている。この映像だけでも、観る価値のある作品といえるかもしれない。フランスの著名女優ジュリエット・ビノシュをはじめ、怪演と呼ぶにふさわしい夏木マリの演技など役者たちの演技も大きな見どころだ。

一方、ドラマが伝えようとしているものについては、観客それぞれが自分で想像力を働かせて解釈するしかない。自然讃歌、悲恋、母と子の絆、人間の残酷さ、孤独と人とのつながりなど、人によって異なる多様なメッセージを受け取れるはずだ。

何にしても、川瀬監督ならではの唯一無二の自分の世界を構築しているのは間違いがない。映像美と他には類を見ない監督独自の世界という点で、「ツリー・オブ・ライフ」のテレンス・マリック監督を連想してしまった(あそこまで壮大じゃないけど)。そのぐらい独創的で刺激的な作品である。

ところで、この映画は日仏合作映画で配給はLDH PICTURES。エグゼクティブプロデューサーはEXILE HIRO。ああ、そうか。岩田剛典が出ているからか。それにしても、よくこんな作家性の強い映画に金出すなぁ。さすがに金持ってるよなぁ、LDH。もしかして、これからの日本映画は木下グループとLDHが牽引するのか?

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◆「Vision
(2018年 日本・フランス)(上映時間1時間50分)
監督・脚本・編集:河瀬直美
出演:ジュリエット・ビノシュ永瀬正敏、岩田剛典、美波、森山未來、白川和子、ジジ・ぶぅ田中泯夏木マリ
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://vision-movie.jp/