映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」

バトル・オブ・ザ・セクシーズ
シネクイントにて。2018年7月8日(日)午後12時50分より鑑賞(スクリーン2/D-6)。

~男対女、世紀のテニス対決の裏にあった人間ドラマ

シネクイントが復活した。シネクイントはパルコが運営する映画館で、東京・渋谷のパルコ パート3内にあったのだが、2016年にパルコ建て替えの影響で閉館となった。それが、渋谷LOFTや西武渋谷店に隣接する渋谷三葉ビルに移転して再開館したのだ。

ちなみに、この場所は5月に閉館したシネパレスがあったところ。基本はその施設を活用しているようだが、いろいろとパルコらしい工夫も施されている模様。渋谷で唯一のペアシートもある。

さて、その新生シネクイントで最初に観た映画は、「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」(BATTLE OF THE SEXES)(2017年 イギリス・アメリカ)。1973年に行われた世界中で注目されたテニスの試合、女子テニスの現役世界チャンピオンのビリー・ジーン・キングと、元男子チャンピオンのボビー・リッグスによる性別を超えた戦いの舞台裏を描いた映画である。

監督は「リトル・ミス・サンシャイン」「ルビー・スパークス」のヴァレリー・ファリスジョナサン・デイトン夫妻。「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイルが製作、サイモン・ビューフォイが脚本を担当している。

冒頭に事件の発端が描かれる。全米テニス協会が次期大会の優勝賞金を発表したのだ。それによると、女子の賞金は男子のわずか8分の1。全米女子テニスチャンピオンのビリー・ジーン・キング(エマ・ストーン)はこれに怒り、協会幹部に直談判するが、彼らは「男には養う家族がいる」「男子の試合のほうが面白い」などと言って相手にしない。

とくれば、この映画のテーマが見えてくるだろう。それは「男女差別との戦い」だ。ビリー・ジーンは仲間の選手たちと“女子テニス協会”を立ち上げる。そんな彼女たちの女性差別との戦いを、ユーモアも交えつつテンポよく描いていく。ビリー・ジーンがまったくのゼロから協会を起ち上げ、著名なジャーナリストで友人のグラディス・ヘルドマンの協力でスポンサーを見つけ、女子だけの大会を開く経緯は、まるでベンチャーの起業物語のようで胸が躍る。

その戦いのハイライトが、ビリー・ジーンとボビーの対決だ。ある時、ビリー・ジーンに電話が入る。55歳の元世界王者ボビー・リッグス(スティーヴ・カレル)が、「男性至上主義のブタ対フェミニストの対決だ!」と対戦を申し込んできたのである。

ただし、2人はすぐには対決しない。ビリー・ジーンはボビーの提案を拒否する。そこでボビーは、彼女の一番のライバルであるマーガレット・コートに戦いを申し込む。

そのあたりからは、映画の雰囲気が少し変わってくる。序盤の「男女差別との戦い」というわかりやすい切り口から、ビリー・ジーンとボビーの人間模様へと変化していく。

ビリー・ジーンには夫がいる。これが実に理解のある良い夫だ。ところが、ビリー・ジーンは美容師のマリリン(アンドレア・ライズボロー)と出会い、惹かれていく。夫を愛しているのに、マリリンと親密になる自分が止められないビリー・ジーン。その苦悩、葛藤、罪悪感などが繊細に描かれていく。おりしも、時代はまだ同性愛に対して寛容でないだけに、なおさらである。

一方、ボビーは表舞台から姿を消し、資産家の妻に頭が上がらずにいる。しかも、ギャンブルから足が洗えずに、ついには妻に愛想を尽かされてしまうのだ。ビリー・ジーンとの対決は、再び脚光を浴びて、妻の愛も取り戻したいという彼の一発逆転のシナリオだったのだ。その反面、彼はまるで道化師のようにおどけた言動を繰り返す。そんな複雑な二面性を通して、彼の心の闇をあぶりだしていくのである。

終盤になってドラマは再び躍動し始める。ボビーとの対戦を受諾したマーガレットだが、結果は完敗。ボビーは「やっぱり男が女より優秀だ」と言い放つ。それが許せないビリー・ジーンは、ついにボビーとの対戦を承諾する。

試合の準備を進める2人の姿が対照的で面白い。ボビーは、奇抜な仮装をして練習するなど相変わらずの道化ぶりだ。それに対して、ビリー・ジーンは重圧に負けそうになりながらも、黙々とトレーニングを続ける。このあたりからは、スポ根ドラマのような魅力が前面に出て来る。

そして、いよいよ世紀の対決だ。当時は、男女平等を訴える運動があちこちで起こっていた時代であり、その戦いは単なるテニス界の男女差別との戦いを越えて、世の中全体の男女差別との戦いにつながっていく。

その戦いの様子を迫力たっぷりに描く。たとえ結果を知っていても、手に汗するようなスリリングな描き方だ。仰々しいカメラアングルなどは使わず、ちょうどテレビのテニス中継のような映像なのだが、これが実に迫力に満ちている。ビリー・ジーンとボビー(最初は遊び半分なのがどんどん真剣になってくる)の息遣いが聞こえてきそうである。

試合後に2人が控室に戻った時のシーンも印象深い。それぞれの胸の内がリアルに伝わってくる。そして、その後のデザイナーのテッド(アラン・カミング)の言葉が、この世紀の戦いが男対女の戦いを越えて、「すべての人が自分らしく自由に生きる」ための戦いだったことを明確に位置付けるのである。

ちなみにテッドを演じたアラン・カミング(「チョコレートドーナツ」でおなじみ)は、実生活でも同性愛者を公言しているだけに、その言葉にはなおさら説得力がある。

単純な面白さを追求するなら、「男性至上主義者VS男女平等のために戦う女性」というわかりやすい図式にしたほうがよかったと思う。だが、このラストのメッセージから考えれば、両者の私生活の部分を描き、LGBTなどにも目配せした構成も間違いではなかったと感じる。

ただの能天気な男になりそうなボビーを、厚みのある人物にしたスティーヴ・カレルの演技が素晴らしい。そしてビリー・ジーンを演じたエマ・ストーンの繊細な演技も忘れ難い。「ラ・ラ・ランド」あたりとは全く違う彼女の魅力が味わえる。この2人の演技だけでも観る価値のある作品だ。

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◆「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」(BATTLE OF THE SEXES)
(2017年 イギリス・アメリカ)(上映時間2時間2分)
監督:ヴァレリー・ファリスジョナサン・デイトン
出演:エマ・ストーンスティーヴ・カレルアンドレア・ライズブローサラ・シルヴァーマンビル・プルマンアラン・カミングエリザベス・シュー、オースティン・ストウェル、ナタリー・モラレス、ジェシカ・マクナミー
*TOHOシネマズシャンテ、シネクイトほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/battleofthesexes/