映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「悲しみに、こんにちは」

「悲しみに、こんにちは」
ユーロスペースにて。2018年7月24日(火)午後2時20分より鑑賞(ユーロスペース2/B-9)。

~人生の岐路に立たされた少女の不安と戸惑いをリアルに

今年の夏の暑さときたら、どうなっているのだろう。暑い。猛烈に暑い。もはや日本は亜熱帯気候なのか? こんな地球に誰がした。責任者出てこい!!

なのに我が家にはエアコンがない。困ったものである。

そんな暑い炎天下の午後、久々に足を運んだ東京・渋谷のユーロスペース。鑑賞したのは「悲しみに、こんにちは」(ESTIU 1993)(2017年 スペイン)。

悲しみよこんにちは」はフランソワーズ・サガンの小説のタイトルだが、こちらは「悲しみに、こんにちは」。スペインの新人女性監督カルラ・シモンが自身の経験をもとに撮った作品だ。2018年アカデミー外国語映画賞スペイン代表。ベルリン国際映画祭ゴヤ賞で新人監督賞を受賞している。

女性監督が自身の幼少時の体験をもとに、少女の心理を繊細に切り取った映画という点で、ウニー・ルコント監督の秀作「冬の小鳥」を連想してしまったのだが、こちらもなかなかの秀作である。

ドラマのスタートはバルセロナ。この地に暮らす少女フリダ(ライア・アルティガス)が、楽しく遊んでいる。だが、まもなく荷造りシーンが映る。どうやらフリダは引越しをするらしい。見送りの人たちとサヨナラし、車に乗って出発するフリダ。その不安げな表情。

実は、フリダの両親は“ある病気”で亡くなり、田舎に暮らす若い叔父夫婦に引き取られることになったのだ。叔父夫婦のエステバ(ダビド・ベルダゲル)とマルガ(ブルーナ・クシ)、そして2人の娘で幼いいとこのアナ(パウラ・ロブレス)に温かく迎えられるフリダ。

この映画で特徴的なのはアップを多用した映像だ。フリダを中心に、登場人物の表情を丹念に映し出す。それによって、繊細な心理の揺れ動きが手に取るように伝わる。

中心的に描かれるのはもちろんフリダの心理だ。両親の死によって始まった新たな暮らし。なまじのお涙頂戴物語なら、叔父夫婦が彼女を邪険に扱ったりするのだろうが、そんなことにはならない。

叔父夫婦はとても優しい。我が子のアナと分け隔てなくフリダと接しようとする。アナも実の姉のようにフリダを慕う。だが、それでもフリダにとっては未知の世界。そこには大きな不安や戸惑いがある。それをリアルに見せていく。

劇中で説明はなかったと思うが(この映画は説明らしい説明がないのも特徴)、おそらくフリダは6歳前後だろう。この年頃の子どもにはよくあることかもしれないが、自分でも原因がわからないうちに不機嫌になったりもする。それが暴走してしまうこともある。

また、ふだんは仲よく遊ぶいとこのアナも、時にはうっとうしくなる。ある時、フリダは「遊んで」とうるさくまとわりつくアナが面倒になって、森に置いてきてしまう。それが大変な事態になったりする。

そうしたフリダの行動の背景には、やはり両親、特に母の死に対する様々なわだかまりがある。だが、彼女が正面からそれを口にすることはない。それによって、また心に鬱積していくものがある。

生活環境の変化も彼女を戸惑わせる。隣人に生みたての卵をもらったり、ウサギがさばかれる過程を目の前で見たりする。ヤギが殺される場面も目撃する。フリダがそれらを露骨に嫌悪することはなく、戸惑いつつ凝視しているのだが、そうした新たな環境も彼女の心の動きに大きく関係しているに違いない。

カルラ・シモン監督は、そんなフリダの心理をじっくりとあぶりだす。観客は彼女の喜び、悲しみ、苦悩、戸惑いを我が事のように感じるのではないか。

同時に、叔父夫婦、特に叔母マルガの葛藤にも焦点を当てる。血縁のないフリダを一生懸命に我が家になじませようとするマルガ。だが、時にフリダの無軌道な行動は周囲を混乱させる。フリダ可愛さのあまりに、大勢で押しかけて来る夫の家族もマルガの悩みの種だ。それでもフリダのママになろうとする彼女の強い決意は揺るがない。

様々な感情が溜まりに溜まったフリダは、終盤にある行動を起こす。だが、それが決定的な破局に至ることはない。

ラストに待っているのは実に印象深いシーンだ。新学期を前に、ついに母の死と向き合うフリダ。それに応えるマルガ。一見静かなやり取りだが、そこには重くて深いものがある。

この映画の原題は「ESTIU 1993」となっているから、1993年の出来事かもしれない。いずれにしても、今よりも前のドラマだ。フリダの両親が亡くなった“ある病気”は、今でこそ治療法が確立しているが、当時はまだ不治の病だったようだ。しかも、子供への感染の可能性もある。これもまた、フリダを戸惑わせる事実の一つだった。

その後、フリダは涙を見せる。それは楽しくはしゃいでいた次の瞬間の急転換の涙だ。それははたして何を意味する涙なのか。彼女自身にも理由がわからないようだが、ようやく過去を受け入れて、新たな人生を歩もうとする彼女の万感の思いがこもった涙なのではないか。ようやくフリダは一つのステップを上ったのだ。

フリダと叔父一家。そう簡単に一つの家族にはなれないかもしれない。紆余曲折はあるだろう。それでも、きっと未来には明るい希望が待っている。そう思わせられたのである。

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◆「悲しみに、こんにちは」(ESTIU 1993)
(2017年 スペイン)(上映時間1時間40分)
監督・脚本:カルラ・シモン
出演:ライア・アルティガス、パウラ・ロブレス、ダビド・ベルダゲル、ブルーナ・クシ、フェルミ・レイザック、イザベル・ロカッティ、モンセ・サンズ、ベルタ・ピポ
ユーロスペースにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://kana-shimi.com/