映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ウインド・リバー」

ウインド・リバー
シネマート新宿にて。2018年8月3日(金)午後2時25分より鑑賞(スクリーン1/E-12)。

~少女怪死事件をめぐる緊迫の捜査から見えるアメリカの闇

辺境地帯には様々な闇がある。それを映画の中で暴き出してきた脚本家がテイラー・シェリダンだ。

2015年に製作されたドゥニ・ビルヌーブ監督の「ボーダーライン」は、アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争を背景にしたリアルな犯罪サスペンス。その脚本を担当したのがテイラー・シェリダンだ。彼は翌年のノミネート作品でテキサスの辺境地帯を舞台にした「最後の追跡」(日本未公開)でも脚本を担当している。

そのテイラー・シェリダンが、脚本に加え自ら監督も務めたのが「ウインド・リバー」(WIND RIVER)(2017年 アメリカ)。これもまたアメリカの辺境を舞台にした犯罪サスペンスだ。

今回、取り上げられた辺境は、ワイオミング州にあるネイティブアメリカンの保留地ウインド・リバーだ。といっても、彼らは昔からこの土地に住んでいたわけではない。白人たちに追いやられ、そこで暮らすことを余儀なくされたのである。

そこは雪深い寒々とした土地だ。激しい吹雪が絶えず町を凍らせる。その凍てつく空気は、人心までも凍らせる。この舞台設定が実に効果的だ。

映画の冒頭で詩が読み上げられる。それはある人物の娘が書いたものだ。彼女の存在がこのドラマに大きな影を落とす。そして、映し出される凍りついた大地。そこをある少女が決死の表情で逃亡していく。

続いて、地元の野生生物局の職員でベテランハンターのコリー・ランバート(ジェレミー・レナー)が登場する。彼は、家畜を襲った狼などの野生動物を仕留める仕事をしている。そして彼自身は白人だが、元妻はネイティブアメリカンで、この土地に根付いて暮らしていた。

そのコリーが、雪の上で凍りついているネイティブアメリカンの少女の死体を発見する。そう。冒頭で必死に逃走していたあの少女だ。彼女は亡くなったコリーの娘エミリーの親友ナタリーだった。いったい何が起きたのか?

ドラマは、この少女の怪死事件をめぐるサスペンスを軸に展開する。事件を探るのは、FBIから派遣された新人女性捜査官のジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)。

検死の結果、ナタリーは生前にレイプされていたことが判明する。どうやら犯人から逃亡中に死亡したようだ。だが、直接の死因は極寒の中で冷気を吸い込んだことによる肺出血。そのためFBIに増員要請ができず、ジェーンは慣れない土地で1人だけで捜査を続けることになる。

そこで、ジェーンはコリーに協力を依頼する。コリーはそれに応じる。その背景には、娘エミリーの死がある。彼女もまた今回と似たような怪死を遂げていたのだ。こうして2人による捜査が始まる。

それにしても、何とリアルな映像なのだろう。大自然の力強さと過酷さがそのままスクリーンに刻まれている。事件発生後、コリーと地元の部族警察長たちが猛吹雪の中でジェーンの到着を待つシーンや、雪に覆われた大地をコリーやジェーンがスノーモービルで疾走し事件の謎を追う姿を観ているうちに、こちらの心も凍りついてくるようだ。

だが、寒いのは大自然の映像のせいだけではない。ここには寒々しい現実がある。ネイティブアメリカンたちが置かれた環境は過酷で、容易にそこから抜け出せない。貧困、麻薬、性犯罪などが日常と隣り合わせにある。劇中で部族警察長は言う。「あいつらは刑務所に入りたがっているんだ。食事の心配もないし、テレビもシャワーもある」。

そんな荒廃した状況が、この映画には織り込まれている。もちろん、それは声高な告発ではない。あくまでもサスペンスとしての醍醐味を提供した上で、そこから自然にあぶりだす形で観客に突き付けていくのである。

そのサスペンスとしての醍醐味は破格のものだ。ゾクゾクするような緊張感が全編にあふれている。コリー、ジェーン、部族警察長、住民、石油関係の労働者たちが絡み合い、何が起きるかわからない不穏さと危うさを醸し出す。最初から最後までほとんど緩むところがない。

心に傷を抱えた寡黙なハンターのコリーと、信心ながら情熱と意志で前に進むジェーンが、事件の真相に迫る中で心を通わせるあたりの展開も、ドラマに厚みを加えている。

コリーを演じるのは、「ハート・ロッカー」のジェレミー・レナー。胸の内に様々なものを抱えたキャラクターを巧みに演じている。一方、ジェーンを演じるのは、「マーサ、あるいはマーシー・メイ」のエリザベス・オルセン。こちらもなかなかの熱演だ。ちなみに、この2人は「アベンジャーズ」シリーズでも共演している。

終盤になって、ついに事件の真相が明らかになる。その構図自体はけっして意表を突いたものではない。だが、回想シーンから素早く現実に戻り、そこから一気に活劇シーンに持っていき緊張感をマックスに高める。

そして、その後にコリーが取った行動が胸をざわつかせる。その根底にあるのは、当然ながら亡き娘エミリーの存在だろう。感情を押し殺しつつ、自分なりの裁きを下す彼の心情が痛いほど伝わってくるシーンだ。

ラストで映る被害者の父親とコリーの姿が余韻を残す。

犯罪サスペンスとして観るだけでも面白いが、そこから見え隠れするアメリカの現実がこの映画をさらに素晴らしい作品にしている。

最後に流れるテロップを見逃さないで欲しい。ネイティブアメリカンの置かれた状況を象徴的に示す事実だ。そして、そこで戦慄とともに思い出すのだ。映画の最初にあった「この映画は事実をもとにして作られている」という重すぎる言葉を。

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◆「ウインド・リバー」(WIND RIVER)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間47分)
監督・脚本:テイラー・シェリダン
出演:ジェレミー・レナー、エリザベス・オルセンジョン・バーンサルグレアム・グリーン、ケルシー・アスビル、ギル・バーミンガム、ジュリア・ジョーンズ、マーティン・センスマイヤー
角川シネマ新宿ほかにて公開中
ホームページ http://wind-river.jp/