映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「2重螺旋の恋人」

「2重螺旋の恋人」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2018年8月4日(土)午後1時35分より鑑賞(スクリーン2/F-10)。

フランソワ・オゾンが仕掛ける謎めいて怖い心理サスペンス

フランソワ・オゾン監督は、サスペンスから人間ドラマまで幅広い作品を次々に送り出している。しかも、そのすべてがレベルが高い。そのため、個人的に一時はオゾン監督というのは複数の監督によるグループ名なんじゃないのか?と疑ったほどだ。

まあ、実際はそんなことはなくて、ちゃんと実在する監督なのだが、そのぐらいスゴイ監督なのである。

今回、オゾン監督が撮ったのは、アメリカの女性作家ジョイス・キャロル・オーツの短編小説を大胆に翻案した「2重螺旋の恋人」(L'AMANT DOUBLE)(2017年 フランス)。かなりエロい映画だ。といってもただのエロ映画ではない。官能的な要素もあるが、基本はコワ~イ心理サスペンスなのだ。そこにはホラー映画的な要素もあったりする。

映画の冒頭。ロングヘアーの女性がショートカットに髪を切るシーンが映る。ここから早くも怪しく、危険なムードが漂う。

その女性、25歳のクロエ(マリーヌ・ヴァクト)は、原因不明の腹痛に悩んでいる。病院に行くが、婦人科医は「身体には異常がなく精神的なものではないか」という。そこでクロエは、紹介された精神分析医ポール(ジェレミー・レニエ)を訪ねる。彼のカウンセリングを受けるうちに、不思議と痛みが和らいでいくクロエ。いつしかポールと恋に落ち、一緒に暮らし始める。

だが、そんなある日、クロエは街でポールそっくりの男性を見かける。その男はルイ(ジェレミー・レニエ=二役)といい、ポールの双子の兄で、職業も同じ精神分析医だった。しかし、ポールはルイの存在を否定し、「自分は一人っ子だ」と言い切る。それを不審に思ったクロエは、ルイの診察を受ける……。

それにしてもオゾン監督の脚本&演出が、相変わらず冴えまくっている。今回は、特に不気味で謎めいた雰囲気のつくり方がうまい。クロエが飼っている猫をはじめ、様々な小道具が効果的に使われ、何が起きるか予想のつかない世界を構築する。クロエの妄想らしきものも、謎と緊迫感を高める効果を発揮する。

登場人物もすべて怪しい。クロエは母親との間に確執を抱えるなど、心に傷を負っているようだ。

彼女の恋人になるポールも謎めいている。同居してすぐに、クロエはポールの本当の名字が違うことを知ってしまう。表面的には温厚で誠実なポールだが、何やら底知れぬ秘密を隠し持っているらしい。

そして、ポールの双子の兄だというルイは、ポールと正反対の傲慢で支配的な人間。そこには悪魔性や狂気も感じさせる。

そんな彼は、本当にポールの双子の兄なのか。もしかしたら、2人は同一人物なのか。いやいや、そもそもルイなる人物はクロエの空想の中の人物なのではないか。前半は、そんなことさえ思わせられるのだ。

まもなく、クロエはルイに強引に関係を迫られる。最初は拒絶するが、ポールとは正反対の彼に引き寄せられ、関係を持ってしまう。

というわけで、当然ながら官能的な場面もあちこちに登場する。ただし、それらは3人の関係性やそれぞれの変化を反映させたもの。ただのエロを売り物にする官能サスペンスとは大違いだ。それを通して、クロエの複雑で屈折した内面が浮き彫りになる。

この映画で大きなウエイトを占めるのは、やはり「双子」という要素だろう。それ自体、考えようによっては不思議な存在であり、そこから様々な謎や恐怖が生まれてくる。

劇中でルイは、三毛猫の双子が体内で片方に吸収されるエピソードを紹介する。ホラー的なものも感じさせるこのエピソードが、ポールとルイの関係、さらにはクロエの過去にまつわる秘密にもつながっていく。

ドラマが進むにつれて、ポールとルイは確かに双子であり、彼らが今のような関係になった背景には、高校時代のある出来事が影響していることがわかる。クロエはその謎を突き止めるが、その頃には彼女はどんどん深みにはまり、ポールとルイの間でもがき苦しむようになる。

そこに至るまでに、彼女が押し殺していた深層心理がチラリチラリと顔を出し、精神や肉体、理性と欲望といった様々な要素について分裂にさらされていく描写が秀逸だ。このドラマは彼女の心の彷徨のドラマでもある。

いよいよ追い詰められたクロエの前に、落とし前をつける場面が用意される。鏡を効果的に使いギリギリの決断をクロエに迫る。はたしてどっちなんだ????

しかも、その後に起きるのはこれまたホラー的な色彩を持つ奇怪な現象だ。これが先ほどの三毛猫の体内の双子の話とリンクして、なおさら怖さを煽り立てる。さらに、それを通して彼女の出生の秘密と、失われた母親との絆の再生へと結びつける。何とも心憎い仕掛けである。

というわけで、ここでややホッコリしたのだが、最後のクロエとポールのベッドシーンに登場するのはまさかの人物。うう、やっぱり怖~い!

双子の間で揺れ動き、変化し、追い詰められていくクロエを迫真の演技で演じたマリーヌ・ヴァクト。顔は同じものの全く性質の違う双子を演じ分けたジェレミー・レニエ。いずれも観応え十分の演技だ。最後に少しだけ出てくるジャクリーン・ビセットもいい味を出している。

オゾン監督の豊かすぎる才能を再認識させられた映画だ。上質で怖すぎる心理サスペンスである。

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◆「2重螺旋の恋人」(L'AMANT DOUBLE)
(2017年 フランス)(上映時間1時間47分)
監督・脚本:フランソワ・オゾン
出演:マリーヌ・ヴァクト、ジェレミー・レニエ、ジャクリーン・ビセット、ミリアム・ボワイエ、ドミニク・レイモン、ファニー・サージュ
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ https://www.nijurasen-koibito.com/