映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「スターリンの葬送狂騒曲」

スターリンの葬送狂騒曲
シネクイントにて。2018年8月6日(月)午後12時20分より鑑賞(スクリーン1/D-6)。

~ブラックな笑いの果てに背筋が寒くなるスターリンの跡目争い

何だか最近、世界のあちらこちらで独裁的な指導者が増えている気がする。日本の安倍チャンだって、数の力で何でもやっちゃうという点では、けっこう独裁的かもしれない。

とはいえ、そんな次元を超えたすさまじい独裁者がソ連スターリンだ。ソ連共産党書記長として恐怖政治を敷き、政敵を次々に粛清して独裁者として国を支配した。

そのスターリンが急死する前後の事情を、史実をもとにしつつフィクションを織り交ぜて描いているのが「スターリンの葬送狂騒曲」(THE DEATH OF STALIN)(2017年 フランス・イギリス・ベルギー・カナダ)だ。フランスでヒットしたグラフィックノベルを、テレビの政治風刺ドラマで定評のあるイギリスのアーマンド・イアヌッチ監督が映画化した。ソ連のお話ではあるが、主要なキャストは英米の俳優で全編英語で描かれている。

時代は1953年、すでにスターリンは約20年に渡って国を支配してきた。そんな中、最初に描かれるのは、スターリンがいかに怖い指導者だったかというエピソードだ。

コンサート会場でオーケストラが演奏をしている。そこに突然、スターリンが「演奏を聞きたいから録音をくれ!」と電話で要求してくる。だが、ラジオの生中継こそ行っていたものの、録音はしていない。慌てたスタッフは、オーケストラと観客を呼び戻して、もう一度演奏させようとするのだ。

こんな常識外れのことが起きるのも、スターリンが絶対的な独裁者だったから。もしも要求に応えられなければ、殺されるか収容所行きなのだ。そんな恐怖政治を端的に表したエピソードである。

それと並行して、実際にスターリンが粛清相手のリストを作り、人々を殺害したり、収容所に送るシーンが描かれる。それはスターリンや側近にとっては日常の出来事。だから、気軽にジョークを言い合ったりしているのだ。

まあ、とにかく怖い話なのだが、スターリンの独裁ぶりがあまりにも桁外れなので、ついつい笑ってしまう。この映画には全編に、そんなブラックな笑いが満ち満ちているのである。

まもなくスターリンは、ピアニストのマリヤ(オルガ・キュリレンコ)が書いた自分を批判する手紙を読んでいる時に、自室で倒れてしまう。脳出血だった。

ところが、倒れたまま発見された彼を、側近たちはしばらくそのままにしておく。規則通りに行動しないと、後で責任をかぶせられかねないと、みんな怖がっていたのだ、

おまけに、いざ医者を呼ぼうとしても、そこには大きな壁が立ちはだかっている。有能な医者は、みんな殺されるか、収容所に送られているというのだ。何という皮肉。これまた、あまりにもバカバカしい話で笑ってしまうしかないのである。

それでも何とか集められた医師たちが「もうダメです」と診断したとたんに、一度スターリンが意識を取り戻して、みんなが右往左往する。そんなコントみたいな笑いも用意されている。

しかし、やっぱりスターリンは亡くなってしまう。後継者を指名しないままに。とくれば、当然、その後釜を狙って熾烈な権力闘争が繰り広げられるわけだ。表向きは厳粛な国葬の準備を進めながら、その裏で側近たちはあれこれと策略をめぐらしていく。

バトルの大まかな構図は、中央委員会第一書記のフルシチョフスティーヴ・ブシェミ)と秘密警察警備隊長のベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)の対決。ベリヤはスターリンの腹心のマレンコフ(ジェフリー・タンバー)を後継に立て、その陰で実権を握ろうとする。

ただし、マレンコフもベリヤの言いなりになる気はない。ふだんは優柔不断な彼だが、自らの写真を撮ってスターリンの後継者としてアピールするなど、やる気満々である。このことがラストの顛末につながっていく。

そこに他の側近たちやスターリンの娘スヴェトラーナ(アンドレア・ライズブロー)、息子のワシーリー(ルパート・フレンド)なども絡んでくる。

彼らはすべてユニークな個性派ぞろい。そして、彼らを演じるのも個性的な役者たちだ。フルシチョフを演じたのは、「ファーゴ」などコーエン兄弟作品でクセモノぶりを発揮してきたスティーブ・ブシェミ。複雑な内面を持つキャラを巧みに演じている。ベリヤを演じたイギリスのシェークスピア俳優サイモン・ラッセル・ビール、マレンコフを演じたジェフリー・タンバーなども、いずれも見事な演技を見せている。だから、なおさら笑えてしまうのである。

彼らは権力を握るためなら何でもやる。特にベリヤは突然粛清をやめて、恩赦を与えると言い出す。もともとリベラル派として知られるフルシチョフを出し抜いて、側近や国民の人気取りをしようという魂胆だ。

それを苦々しく思うフルシチョフ。彼が反撃に出たのはスターリン国葬の最中だ。自らの息のかかった秘密警察にモスクワの警備を委ねていたベリヤに対抗して、フルシチョフは軍を味方につけようとする。そして、モスクワ市内で騒ぎまで起こす。

さてさて、バトルの結末はどうなるのか。最後に待っているのは怖くて、悲惨で、哀れなラスト。あらためて権力者の本質を見せつけられる。この頃には、それまでの笑いは消えて、ただひたすら背筋がゾクゾクしてくるのである。

結局のところ、世界では今もこうした権力闘争が繰り広げられているのかもしれない。60年以上前のソ連の話だが、確実に今の時代とつながっている映画だと思う。

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◆「スターリンの葬送狂騒曲」(THE DEATH OF STALIN)
(2017年 フランス・イギリス・ベルギー・カナダ)(上映時間1時間47分)
監督:アーマンド・イアヌッチ
出演:スティーヴ・ブシェミ、サイモン・ラッセル・ビール、パディ・コンシダインルパート・フレンドジェイソン・アイザックスオルガ・キュリレンコマイケル・パリンアンドレア・ライズブロー、ポール・チャヒディ、ダーモット・クロウリー、エイドリアン・マクラフリン、ポール・ホワイトハウス、ジェフリー・タンバー
*TOHOシネマズシャンテ、シネクイントほかにて公開中
ホームページ http://gaga.ne.jp/stalin/