映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「クワイエット・プレイス」

クワイエット・プレイス
シネマサンシャイン池袋にて。2018年10月4日(木)午前10時20分より鑑賞(スクリーン1/F-10)。

~音をたてたら襲われる。破格の緊張感に包まれた家族の絆のドラマ

人類がほぼ死に絶えた世界・・・というのは、映画ではよくある設定。その原因は、たいていパンデミック(爆発的細菌感染)やゾンビの襲撃だったりする。

全米で大ヒットしたサスペンスホラー映画「クワイエット・プレイス」(A QUIET PLACE)(2018年 アメリカ)も、人類滅亡の危機に瀕した世界を舞台にしている。映画の冒頭で映る荒廃した人気のない街。いったい何が起きたのか。パンデミックなのか。ゾンビの襲撃なのか。

そこに一組の家族が現れる。夫のリー(ジョン・クラシンスキー)と妻エヴリン(エミリー・ブラント)、そして子どもたち。だが、彼らの様子は奇妙だ。会話は手話で行い、歩く時は裸足で道に砂を敷き詰めるなど、徹底的に音を出さない生活をしている。

そうなのだ。この世界を荒廃させたのは、パンデミックでもゾンビの襲撃でもない。音に反応して人間を襲う「何か」なのだ。だから、一家は必死で音を出さないようにしていた。そのおかげで、かろうじて生き延びていたのである。

明確な説明はないが、「何か」は異星人らしいことが示唆される。音が聞こえれば、その場所にやってきて人間を襲う。その代わり視覚はないようで、光などには反応しない。この設定が絶妙だ。

前半は、農場で暮らす一家の生活が描かれる。そこでも、ひたすら音をたてないように注意して暮らさねばならない。故意ではないとしても、いつ何かが音をたてないとも限らない。それゆえ、スクリーンには常に緊張感が漂い、半端でないスリルが味わえる。

ドラマは当然静寂の中で進む。この静寂がなおさら観客をスクリーンに集中させ、登場人物と同じような感覚を味合わせてくれる。観ているこちら側も、何やら音をたててはけないような気分になってしまう。音をたてたら、客席にも「何か」が襲ってくる!?

とはいえ、さすがにすべてを静寂の中で描くのでは平板すぎる。ドラマには適宜BGMが効果的に挿入される。さらに、リーとエヴリンがイヤホンで聴く音楽(ニール・ヤングの「ハーヴェスト·ムーン」)が流れ、それに合わせて2人がダンスをする美しいシーンもある。めったやたらにハラハラさせるだけではなく、こうしてメリハリもきっちり付けた映画なのだ。

途中で、一家の長女リーガン(ミリセント・シモンズ)が間違って、音を出してしまうシーンがある。とたんに一家に緊張が走る。観客も身を固くする。次の瞬間「何か」が襲ってきたような気配が。恐怖で震え上がる一家。だが、その正体は意外なものだった・・・。というように、観客の予想をハズす小憎らしい仕掛けなどもある。

「音をたててはいけない」という縛りのあるホラー映画には、2016年の「ドント・ブリーズ」もあるが、あちらは密室を舞台にしたドラマ。しかし、こちらは音さえたてなければ、どこにでも行ける。というわけで、中盤になって、リーは長男のマーカス(ノア・ジュープ)を連れて川や滝に出かける。

そこでは水の音が大きく、声を出しても「何か」に気づかれないで済む。そのため、父子は久方ぶりに思いっきり声を出す。このあたりの変化のつけ方も面白いところだ。

一方、その2人とともに出かけたかったリーガンだが、父によって拒否されてしまう。そこで、彼女は単独で外出してしまう。

実は、この映画の冒頭近くでは、一家を襲ったある悲劇が描かれている。そのことが、リーガンをはじめ家族の心の傷になっている。特にリーガンは、そのことで自分は父に嫌われていると思っていた。つまり、この映画には、傷ついた家族の再生に向けたドラマという側面もあるのだ。

こうして父と子どもたちが外出し、家にはエヴリンが一人取り残される。しかも、なんと彼女は出産を目前に控えていた。とくれば、予想はつくだろう。そうなのだ。家族が家にいない中で、彼女は産気づいてしまうのだ。はたして、音をたてずにたった一人で出産などできるのか? たとえ無事に出産しても、赤ん坊は絶対に泣くはずだ。そんな状況下で、観客のハラハラ度はどんどん高まっていく。

さらに、その時、エヴリンは不注意で足に怪我をしてしまう。悲鳴を必死に押し殺すエヴリン。これがまあ、リアルすぎる描写なのだ。今思い出しても痛々しい。まるで自分も怪我したような気分になってしまう。

そして、外出しているリーと子どもたちにも危険が迫る。家の内外でダブルで恐怖の波状攻撃が続き、ここに至って観客のハラハラドキドキ度はマックスに高まるのである。

クライマックスでは、大きな犠牲が払われる。その展開は予想できたが、背景には傷ついた家族の再生物語が織り込まれているので、薄っぺらさは感じなかった。そこでリーがリーガンに伝える手話のメッセージが心に染みる。家族の絆が強く結ばれた瞬間である。

だが、戦いはまだ終わらない。最終決戦ともいうべき「何か」との戦いに立ち向かう家族。はたして、その結末は?

ちなみに、文中で「何か」と書いてきたが、実のところ意外に早くその正体が見えてしまう。これについては、「あくまでも隠し通したほうがよかったのでは?」と思う人もいるだろうが、ヤツの異様に耳を強調したビジュアルが、確実におぞましさと恐怖感を煽り立てているのは事実だろう。

本作は映像的にも素晴らしい作品だ。恐怖とは無縁に思えるトウモロコシ畑の風景など、詩情漂う映像も多い。家族に危険を知らせるための赤いライトが夜の農場に灯るシーンなどは、幻想的で格調さえ感じさせる映像である。

手話が中心でセリフがほとんどないドラマだけに、一家を演じた役者たちの演技も見事なもの。「ボーダーライン」「オール・ユー・ニード・イズ・キル」など数々の作品に出演してきたエミリー・ブラントの恐怖顔は迫真の極み。実生活でも彼女の夫で、今回は監督も務めたジョン・クラシンスキー、聴覚障害を持ちながらトッド・ヘインズ監督の「ワンダーストラック」でブレイクしたミリセント・シモンズの演技も印象深い。

「音をたててはいけない」という究極の条件のもと、抜群のハラハラドキドキ度に加えて、家族の絆のドラマも紡いだ異色のサスペンスホラー映画だ。ホラー映画好きでなくとも一見の価値はあるだろう。

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◆「クワイエット・プレイス」(A QUIET PLACE)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間30分)
監督:ジョン・クラシンスキー
出演:エミリー・ブラント、ジョン・クラシンスキー、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュプ、ケイド・ウッドワード
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://quietplace.jp/