映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「華氏119」

「華氏119」
TOHOシネマズ新宿にて。2018年11月8日(木)午後1時より鑑賞(スクリーン11/D-8)。

アメリカの政治と社会の状況を鋭く、かつ面白おかしくえぐる

どーなってんだ?トランプ大統領。どーなってんだ?アメリカ。

というわけで、先日、アメリカで中間選挙が行われたが、それを前に公開されたのが「華氏119」(FAHRENHEIT 11/9)(2018年 アメリカ)である。アメリカの銃社会の暗部を描いた「ボウリング・フォー・コロンバイン」、医療問題を取り上げた「シッコ」、ジョージ・W・ブッシュ政権を痛烈に批判した「華氏911」などで知られるマイケル・ムーア監督が、トランプ大統領を誕生させたアメリカ社会の混迷ぶりを描くドキュメンタリーだ。

タイトルの「華氏119」は、トランプ大統領が勝利宣言した2016年11月9日に由来する。もちろん、「華氏911」に呼応したタイトルでもある。

映画の冒頭は、大統領選挙前日の様子。ヒラリー陣営は勝利を確信し、マスコミもヒラリー大統領誕生を確実視していた。ところが、いざ開票してみると結果は大方の予想を覆してトランプの勝利。ヒラリー陣営やマスコミはもちろん、トランプや支持者にとっても「まさか」の事態だった。

何しろトランプときたら、テレビ出演のギャラアップの目的で、大統領選挙に立候補したのというのがムーア監督の見立てだ。最初から当選しようなどとは思っていなかったわけだ。

おまけにトランプという男、娘のイヴァンカを異常なほどに溺愛し(とても娘と接している感じではない)、人種差別的な発言を繰り返し、女性にセクハラを繰り返す男なのだ。それなのに、「なぜ?」こんなことになったのか。ムーア監督は、トランプ勝利の原因を探っていく。その「なぜ?」は、やがてアメリカの現状に対する疑問へと広がっていくのである。

トランプ大統領誕生の原因として、ムーア監督は様々な要因を指摘する。トランプ陣営の巧妙な作戦、それを金になるからと面白おかしく取り上げるマスコミ、ヒラリー陣営の油断、さらに支持率でも総得票数でもヒラリーを下回ったトランプが当選する不思議なアメリカの選挙制度などなど。

なかでもムーア監督が厳しく指摘するのが、民主党の右傾化だ。全米規模でアンケートを取れば、リベラル色の強い政策を支持する国民が多いにもかかわらず、なぜか彼らは共和党寄りの政策に寄って行く。そこで頻繁に使われるのは「譲歩」という言葉だ。

はては大統領選挙の予備選で、サンダース候補が勝利した州の結果を不正まがいの手を使ってひっくり返してしまったのだ。「何なんだ、コイツら?」。ムーア監督は、民主党エスタブリッシュの連中に対して痛烈な批判を加えているのである。

そして、ムーア監督自身にも批判の刃が向けられる。かつてトランプ氏とともにテレビ出演した時のことなどを例に挙げ、もっときちんとトランプ批判をしていれば、こんなことにならなかったのではないかと自省しているのだ。

ムーア監督は、トランプの古くからの友人であるスナイダーという大富豪の行状も大きく取り上げる。2010年にムーア監督の故郷であるミシガン州の知事に就任した彼は、緊急事態を宣言して市政府から権限を奪い、代わりに自らの取り巻きを送り込んだ。

さらに、スナイダーは金儲けのために、黒人が多く住むフリントという街に民営の水道を開設する。ところが、この水には何と鉛が混じっていたのだ。スナイダーはそれを隠蔽し、問題ないと主張し続けたのである。

この「ミニ・トランプ」ともいうべき人物の悪行を通して、ムーア監督はトランプの政治が何をもたらすかを暗示する。

とはいえ、難しい顔をして描くわけではない。そこでは、ムーア監督お得意の直撃場面も登場する。スナイダー知事を逮捕すると称して役所に乗り込んだり、スナイダー知事の豪邸に鉛入りの水を放水したり。取り上げる素材はシリアスでも、ちゃ~んとエンターティメントとして見せる工夫を忘れないのが、ムーア監督のドキュメンタリーなのである。

ちなみに、映画の後半ではこの問題の解決にオバマ大統領が乗り出す場面が映される。市民は彼に大いに期待する。だが、何のことはない彼は壇上で水を飲むパフォーマンスを行っただけで、人々を落胆させてしまうのだ。

トランプに乗っかる共和党ばかりか、民主党もダメとくれば絶望的な気分にもなりそうだが、けっして落胆する必要はない。その後に描かれるのは新たな胎動だ。今回行われた中間選挙民主党の候補として、今までには考えられなかったような人物がたくさん立候補したのだ。例えば、オカシオ=コルテスという女性はつい最近までレストランで働き、非常にリベラルな政策を掲げている。そして、今回の選挙で見事に当選した。

また、ウエスバージニア州で、教師たちが低賃金などに抗議するために、組合のボスの意向を無視してストを決行し、見事に要求を勝ち取った事実や、フロリダ州パークランドの高校銃乱射事件で生き残った高校生エマ・ゴンザレスの銃規制への訴えが、全米に拡大していった様子を映し出す。行動すれば必ず世の中は変わる。そのことをムーア監督は強く訴えているのである。

映画の終盤では、トランプ大統領ヒトラーとの共通点が指摘される。かつてのヒトラーの演説風景とトランプの声をオーバーラップさせたり、学者に分析させたり、ここもあの手この手で示していく。

事態はそこまで切迫しているのだ。手遅れになる前に行動すべきだ。ムーア監督は、明確にそう訴えている。

日本の観客にとってもけっして無縁ではない映画だ。まあ、何よりも政治や社会をここまで面白くおかしく、かつ鋭くえぐった映画はそうそうないわけで、それだけでも観る価値はあるだろう。

◆「華氏119」(FAHRENHEIT 11/9)
(2018年 アメリカ)(上映時間2時間8分)
製作・監督・脚本:マイケル・ムーア
出演:マイケル・ムーアドナルド・トランプバーニー・サンダース
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/kashi119/