映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ライ麦畑で出会ったら」

ライ麦畑で出会ったら
新宿武蔵野館にて。2018年11月24日(土)午後2時より鑑賞(スクリーン3/B-3)。

~伝説の小説家・サリンジャー探しを通して成長する若者

J・D・サリンジャーといえばアメリカの伝説の作家。後年は謎めいた隠遁生活を送ったことでも知られている。そのサリンジャーの代表作である『ライ麦畑でつかまえて』に感銘を受けた高校生の成長を描いた映画が「ライ麦畑で出会ったら」(COMING THROUGH THE RYE)(2015年 アメリカ)である。

1969年のアメリカ・ペンシルベニア州。全寮制の男子高校に通うジェイミー(アレックス・ウルフ)が、このドラマの主人公だ。彼の通う学校は運動部が幅を利かせ、演劇部で活動するジェイミーは周囲から低く見られている。そんなこともあって、学校になじめずに孤独な日々を送っていた。

そんな彼にとってのバイブルが、サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』。ジェイミーはそれを脚色して、演劇として上演したいと考える。教師から「それにはサリンジャーの許可が必要だ」と言われたジェイミーは、エージェントに依頼しようとするが相手にされない。そもそもサリンジャーは隠遁生活を送っていて、エージェントですら手紙で連絡をとるしかないという。

まもなく転機が訪れる。ジェイミーがサリンジャーに宛てて書いた手紙が、他の生徒たちによって盗まれてしまう。生徒たちはジェイミーを嘲笑し、彼の部屋に爆竹を投げ入れる。完全なイジメである。これにショックを受けたジェイミーは寮を飛び出し、わずかなヒントをもとにサリンジャー探しの旅に出ることにする。

彼をサポートするのは、演劇サークルで知り合った少女ディーディー(ステファニア・オーウェン)。実はジェイミーは別な女の子に関心があって、『ライ麦畑でつかまえて』を舞台化した暁には自分が主役を演じ、その女の子をヒロインにしたいと考えていた。そのことを知ってか知らずか、同じくサリンジャー好きのディーディーは、ジェイミーを車に乗せて一緒に旅に出たのだった。

こうして小さな冒険の過程で様々な出来事を経験し、ジェイミーは成長していく……というストーリー展開自体は予想の範囲内で、特に新鮮味はない。それでも、彼らが旅に出た晩秋の美しい風景をバックに、その道中がなんとも魅力的に描かれている。

例えば、綿花が植えられた場所で綿が空中を軽やかに舞う中、ジェイミーとディーディーが願い事をして口づけを交わすシーン。まさに青春のきらめきと初々しい恋が、鮮やかにスクリーンに刻み込まれている。

あるいは夫婦を装って宿泊したホテルでのシーン。2人は深い関係になりかけるが、結局はうまくいかない。ここも青春ドラマらしく、不器用で気恥ずしさにあふれたシーンだ。2人が激しく対立する場面も登場する。全編に流れる温かで優しい歌声もあって、こうした青春の様々な出来事が、ノスタルジックかつキラキラした輝きとともに描かれ、心に染みてくるのである。

その一方で、サリンジャーの行方はつかめない。出会う人々はいずれも「知らない」と言ったり、あらぬ場所を告げるのだが、どうやら何かを隠しているようだ。それでも、やがてひょんなことからサリンジャーの居場所が判明する。

というわけで、ここがこの映画の大きな特徴だ。通常なら、この手の著名人が登場する話は「残念ながら本人には会えなかったけれど、彼は成長した」となることが多い。しかし、この映画ではサリンジャー本人が堂々と登場するのだ。

といっても、もちろん実際の本人は死んでいるから登場するのは役者だ。演じるのは2002年の「アダプテーション」でアカデミー助演男優賞を受賞するなど、様々な映画で印象的な演技を披露してきた名優のクリス・クーパー。これが、実に良い味を出しているのだ。

頑なに隠遁生活を送る男らしく、自己の信念を曲げずに何物にも絶対に迎合しない。その姿勢は崩さないものの、言動の端々にチラリチラリと人間味を少しだけ見せるのである。「実際のサリンジャーもきっとこんなだったんだろうな」と思わせるさすがの演技だ。彼をキャスティングしただけで、この映画は成功したといえるだろう。

さらに、初々しい高校生を演じたアレックス・ウルフとステファニア・オーウェンも、なかなかの演技を見せている。

サリンジャーには会えたものの、期待した結果は得られなかったジェイミー。彼に進むべき道を示すのはディーディーだ。そこでは、ジェイミーの心に大きな影を落としていた兄に関することや、友人との仲違いなどの事情も明らかにされる。

終盤にも意外なサプライズが用意されている。ある出来事を経て、ジェイミーは再びサリンジャーと言葉を交わすのだ。ここも実に良いシーンである。最初の対話以上にサリンジャーの温かさが伝わって、心にじわじわと染みてくる。

走り去る車。そこから道に落ちる脚本。ジェイミーの確実な成長を示し、温かな余韻を残すラストシーンである。

本作の監督・脚本を担当したジェームズ・サドウィズは、長らくテレビ業界で活動していたようで、この映画が長編映画初監督作品。おまけに、この物語は彼の学生時代の実体験をもとに描いたものだという。前半で、ジェイミーがカメラを向いて観客に語りかけるシーンが挿入されるのは、監督の照れ隠しなのかもしれない。いずれにしても、ユニークで後味の良い青春ドラマだ。サリンジャーのことを知らなくても楽しめると思います。

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◆「ライ麦畑で出会ったら」(COMING THROUGH THE RYE)
(2015年 アメリカ)(上映時間1時間37分)
監督・脚本:ジェームズ・サドウィズ
出演:アレックス・ウルフ、ステファニア・オーウェンクリス・クーパー、エイドリアン・パスダー、ジェイコブ・ラインバック、エリック・ネルセン
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://raimugi-movie.com/