映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マイ・サンシャイン」

「マイ・サンシャイン」
シネクイントにて。2018年12月23日(日)午後2時40分より鑑賞(スクリーン2/E-5)。

~巻き込まれた家族を通して見える暴動のリアル

1992年、アメリカ・ロサンゼルスでは、人種差別を背景にした事件がきっかけで大暴動が発生した。いわゆる「ロス暴動」である。この事件に遭遇した人々を描いたドラマが、「マイ・サンシャイン」(KINGS)(2017年 フランス・ベルギー)である。

監督のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンはトルコ生まれ。前作の長編デビュー作「裸足の季節」(2015年)は、古い慣習や封建的な思想が残るトルコの田舎町に生きる5人姉妹の青春を描いたドラマで、アカデミー外国語映画賞にノミネートされるなど高い評価を受けた。

そのエルギュヴェン監督が、2005年にパリで黒人暴動に巻き込まれたのをきっかけに、ロス暴動の現場に出かけて、この物語を着想したという。

そんな経緯に加えて予告編や邦題のイメージから、明確に人種差別問題を打ち出した作品か、あるいは感動のヒューマンドラマを予想したのだが、実際に観てみたらそれとはかなり趣が違っていた。社会的なテーマ性や安直なヒューマンドラマを前面に出した映画ではない。だからこそ、様々なことが伝わってくるドラマなのである。

冒頭に描かれるのは、ロス暴動のきっかけとなった1991年に起きた2つの事件だ。15歳の黒人少女が万引き犯と間違えられて韓国系の女店主に射殺されたラターシャ・ハーリンズ射殺事件。そして、黒人男性が白人警官たちから暴行を受けたロドニー・キング事件である。前者の事件では、被告に保護観察処分と500ドルの罰金という甘い判決が下る。そのため黒人を中心に大きな怒りが人々の間に渦巻く。

そして、ロドニー・キング事件の裁判が始まる。このドラマには、随所にその裁判の経過が挟み込まれる。

前半で描かれるのは、黒人女性ミリー(ハル・ベリー)一家のキラキラした日々だ。ミリーは、家族と一緒に暮らすことができない子供たちを引き取って育てていた。貧しくてミリー自身もバイトを掛け持ちするような生活だったが、それでも子供たちはミリーの大きな愛情に包まれて幸せに暮らしていた。

印象深いのは、ミリーが子供たちを朝、起こすシーンだ。いかにも「可愛くて仕方がない」といったふうに、足をなめながら一人ひとり優しく起こしていく。多少の問題はあっても強い愛情でつながった一家なのである。

そんな家族の風景の中には、隣人のオビー(ダニエル・クレイグ)もいた。彼はやんちゃな子供たちを怒鳴りつけ、時には狂犬のようにふるまう。だが、やがて、一家を見守る存在であることが明らかになる。

ある時、やんちゃが過ぎた子供たちをミリーが叱ったことから、子供たちは行方不明になってしまう。必死で行方を捜すミリー。ところが、何と子供たちはオビーの家で楽しく過ごしていたのだ。オビーは子供たちと一緒にはしゃいでいるではないか。何だ、コイツ、いいやつじゃん!

というわけで、オビーの唐突な変化に一瞬戸惑ったのだが、この他にも飛躍した表現や粗っぽい構成がところどころで目についた。ただし、それが逆に独特の味になっていたりもする。いきなりミリーとオビーの濡れ場が登場して仰天したら、何のことはない、ミリーの夢だった……なんてあたりも、思わず苦笑してしまう展開だった。

いずれにしても、幸せな一家が描かれる前半だが、そこには影の部分も登場する。ミリーは、母親が逮捕され帰る家を失った少年ウィリアムを保護するのだが、コイツがかなり素行が悪い。ミリー一家の長兄的存在のジェシーは、それが気になって仕方がない。おまけに、ジェシーの同級生で、家を失くした生意気な女の子ニコールもそこに絡んできて、何やら暗雲が漂い出す。

そして、ロドニー・キング事件の裁判の雲行きも、次第に怪しいものになっていく。

後半は、ついにロス暴動が勃発する。その様子を様々な角度からニュース映像などもふんだんに盛り込みつつ映し出す。一触即発の警官と市民、おびただしい暴力、略奪など危険な場面が続く。もちろんフィクションではあるのだが、まるでドキュメンタリーのようなリアルさだ。

ただ危険なだけではない。ハンバーガー店を襲撃に来た子供たちを、店員が「そんなことをすればもう二度とハンバーガーが食べられなくなる」などと必死で説得する場面は、リアルであるのと同時に、そこはかとないユーモアと人間の良心も感じさせる。

そんな暴動にミリー一家の人々も巻き込まれていく。そのハイライトは、暴徒とともに略奪行為に走る子供たちを、ミリーとオビーが止めに行く場面だろう。そこでミリーたちは警官に目をつけられて、一触即発の状態に追い込まれる。まさにギリギリの場面で、その恐怖が観客にも伝わってくる。

その一方で、その後、何とも情けない事態に立たされたミリーとオビーが、掛け合い漫才のようなやり取りをしながらピンチを脱出しようとする場面では、思わずクスリと笑わせられる。こんなふうに暴動とはいっても、一筋縄ではいかない描写が目立つのだ。それだからこそ、なおさら暴動の実態がリアルに伝わってくるのである。

ラストはある少年の死をフィーチャーする。そこでのミリーとオビーの表情が何とも言えない重たい余韻を残す。前半のキラキラした幸せなミリー一家の描写があるからこそ、そうした人々が暴動に巻き込まれ、加害者にも被害者になりうる恐ろしさ、むなしさが伝わってくる。さらには、暴動の根底にある人種差別についても、自然に考えさせられるのである。

ミリーを演じたハル・ベリーの懐の深い演技、そして「007」のイメージをかなぐり捨てて、頑固で人情味ある普通のおじさんを演じたダニエル・クレイグの演技も見どころだ。

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◆「マイ・サンシャイン」(KINGS)
(2017年 フランス・ベルギー)(上映時間1時間27分)
監督・脚本:デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン
出演:ハル・ベリーダニエル・クレイグ、ラマー・ジョンソン、カーラン・KR・ウォーカー、レイチェル・ヒルソン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://bitters.co.jp/MySunshine/