映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「この道」

「この道」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2019年1月14日(月・祝)午後1時40分より鑑賞(スクリーン2/E-8)。

~破天荒な詩人・北原白秋の人生に反戦への思いをこめて

詩人の北原白秋といえば、作曲家の山田耕筰とのコンビで数々の童謡の名作を送り出したことで知られている。「この道」「からたちの花」「ペチカ」「待ちぼうけ」「あわて床屋」。誰でも一度は聞いたことがあるのではないだろうか。中山晋平作曲の「雨降り」、草川信作曲の「ゆりかごのうた」なども白秋による詩だ。

そんな北原白秋の伝記映画が「この道」(2018年 日本)である。山田耕筰との友情を軸に描いてはいるが、けっして教科書に載るような偉人の伝記ではない。

何しろ冒頭に登場するのが、膝枕で女性に耳を掃除してもらっている北原白秋大森南朋)のニヤけた姿である。傍らには赤ん坊がいる。白秋の妻子か? いや、実はこれがそうではないのだ。

続いて登場するのは、山田耕筰AKIRA)だ。昭和27(1952)年、神奈川県小田原市で、「北原白秋 没後十周年記念コンサート」が開かれる。そこで指揮をしたのが耕筰なのだ。コンサート終了後、若い女性記者(小島藤子)から白秋について尋ねられた耕筰だが、当初は何も語りたがらない。それでも、やがて重い口を開く。こうして耕筰の証言という形でドラマが進む。

いったい白秋とはどんな人物だったのか。これが、とんでもない男だったのだ。冒頭で妻かと思われた俊子(松本若菜)という女性。実は隣家の人妻だった。白秋は人妻に入れあげていたのである。知り合いの歌人与謝野晶子羽田美智子)の忠告に対しても、「かわいそうな女の人が隣にいたら、放っておけない」と言い放つ始末。

だが、それが間違いのもとだった。せっかく詩人として人気を獲得しかけた白秋なのに、俊子の夫から姦通罪で告訴され、逮捕されてしまうのだ。このスキャンダルによって、彼の名声は地に落ちてしまう。

それだけではない。白秋は雑誌の詩人の人気投票で裏工作をして、自分を1位にするという汚いことまでやっているのだ。

いやはや、大変な人物である。ただし、けっしてワルではない。その行動の根底にあるのは無邪気さだ。のちに彼が近所の子どもたちと遊ぶシーンが出てくるのだが、これがとにかく楽しそうなのだ。つまり、彼は子供がそのまま大人になったような男であり、だからこそどこか憎めないのである。

そして何よりも文学的才能は抜群だ。劇中の出版記念会で与謝野鉄幹松重豊)は、白秋の作風を高く評価し、特に「リズム」の良さを指摘する。それが、やがて童謡詩人としての成功をもたらす。

ちなみに、本作には与謝野晶子、鉄幹夫妻以外にも、鈴木三重吉柳沢慎吾)、高村光太郎(伊嵜允則)、萩原朔太郎(佐々木一平)ら著名な文学者が登場する。

その後、白秋は俊子と一度は結婚するものの、まもなく逃げられてしまう。続いて二度目の結婚にも失敗。ようやく菊子(貫地谷しほり)という女性と結婚し、それなりに落ち着いた家庭を築く。

そして、まもなく白秋に転機が訪れる。大正7(1918)年に鈴木三重吉が児童文芸誌「赤い鳥」を創刊する。白秋はこの雑誌を舞台に、童謡詩人として活躍するようになる。さらに、三重吉の仲介でドイツ帰りの作曲家・山田耕筰と出会う。

この出会いのエピソードも面白い。お互いに自分の作品に自信を持つ2人は、会った早々にぶつかり合い、大げんかしてしまうのだ。

それでも関東大震災後に、「僕の音楽と君の詩とで、傷ついた人々の心を癒やす歌をつくろう」という耕筰の言葉で、2人は共同作業を始める。

そんな2人の友情とともに、大正14(1925)年に、日本初のラジオ放送で流された「からたちの花」をはじめ、「この道」などの名作の誕生秘話が語られる。白秋のリズミカルな言葉と、耕筰の叙情あふれるメロディーが融合する様が心地よい。このあたりも、本作の見どころだろう。

この映画の監督は、「半落ち」「チルソクの夏」「陽はまた昇る」など数々の作品で知られるベテランの佐々部清。奇をてらうようなところは全くなく、オーソドックスながら丁寧でツボを心得た演出で物語を引っ張っていく。ユーモアも散りばめつつ、白秋という稀代の人物を魅力的に描く手腕はさすがである。前出のラジオ放送で、「からたちの花」を由紀さおり安田祥子姉妹に歌わせるあたりも心憎い仕掛けだ。

終盤は意外な事実が描かれる。戦争の足音が色濃くなり軍部の力が強まり、自由に物が言いにくくなっていく中で、白秋も耕筰も心ならずも戦意高揚の国策に協力するはめになるのだ。けっして過酷な弾圧にあったわけではないし、時代に流されたととらえられなくもない。

それでも、佐々部監督は2人の苦悩や無念さを描いて、戦争のむなしさや恐ろしさを観客に提示する。特に、縁側で夕日を浴びながら「いつかまた自由な時代が来たら一緒に歌を作ろう」と語る2人の姿には切なさがあふれ、そこから反戦のメッセージがさりげなく伝わってきた。本作で佐々部監督がどうしても描きたかったのは、この部分だったのかもしれない。

北原白秋の伝記としても、山田耕筰との友情物語としても、反戦の思いを込めた作品としても、なかなか充実している。幅広い観客が安心して楽しめる映画だと思う。

やんちゃだが憎めない白秋を演じた大森南朋、いかにもマジメ人間の耕筰を演じたAKIRAEXILE)に加えて、白秋を取り巻く女たちを演じた松本若菜貫地谷しほり羽田美智子の味わいある演技が、白秋をより魅力的に見せている。

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◆「この道」
(2018年 日本)(上映時間1時間45分)
監督:佐々部清
出演:大森南朋AKIRA貫地谷しほり松本若菜小島藤子由紀さおり安田祥子津田寛治菊池寛升毅稲葉友、伊嵜充則、佐々木一平、近藤フク、松本卓也柳沢慎吾羽田美智子松重豊
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://konomichi-movie.jp/