映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「未来を乗り換えた男」

「未来を乗り換えた男」
新宿武蔵野館にて。2019年1月17日(木)午後12時10分より鑑賞(スクリーン1/B-8)。

ファシズムの時代のミステリアスな愛と逃亡のドラマ

お金も時間も限られた中、未見のまま通り過ぎていく映画がたくさんある。ドイツのクリスティアン・ペッツォルト監督が、2012年の第62回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した「東ベルリンから来た女」も、そんな映画の1本だ。公開時に気になったものの、結局観ないままだった。続く「あの日のように抱きしめて」も同様だ。

そして、今回、ようやく観たのが2018年の第68回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作「未来を乗り換えた男」(TRANSIT)(2018年 ドイツ・フランス)である。ナチス・ドイツの迫害を逃れてメキシコに亡命した作家アンナ・ゼーガースが1942年に執筆した小説『トランジット』を映画化した作品だ。

ただし、この映画、舞台を現代に置き換えている。原作は未読だが、おそらくナチス・ドイツによるユダヤ人迫害がテーマとして取り上げられているのだろう。それに対して、こちらはより幅広い難民(不法滞在者)などに対する迫害が描かれる。今の時代性ともマッチして、その分、観客にとってよりリアルなテーマに感じられるのではないだろうか。

とはいえ、ストレートなメッセージが込められた映画ではない。ファシズムの台頭は、ドラマの背景として描かれるにすぎない。

冒頭の舞台はフランス・パリ。主人公の青年ゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)は、どうやら台頭するファシズムを逃れてドイツからフランスにやってきたらしい。だが、パリも占領軍(ドイツ軍)による迫害が激しさを増す。そんな中、ゲオルクは仲間から亡命作家ヴァイデル宛の手紙を預かる。そこでヴァイデルが滞在しているホテルに行ってみるが、すでに彼は自殺していた。

その後、ゲオルクは重傷を負った仲間の看病をしつつ、列車に隠れて港町マルセイユに向かう。だが、途中で仲間は死んでしまう。一人でマルセイユに着いた彼は、現地のメキシコ領事館にヴァイデルの遺品を返そうとするが、領事館は彼をヴァイデル本人と勘違いしてビザとメキシコ行きの乗船券を支給する。ゲオルクは作家になりすましてメキシコに渡ろうとする。

こうしてゲオルクが、メキシコ行きの船に乗るまでの日々が描かれる。中盤でゲオルクは、旅の途中で亡くなった男の妻と息子と交流する。まるで家族のように親しく交わるが、ゲオルクがまもなくこの地を去ることがわかると、彼らとの間にわだかまりが生まれる。難民である彼らは、ゲオルクのように簡単に国外に出ることはできない。

それ以外にも、ゲオルクがメキシコ領事館で出会った指揮者や犬を連れた女性など、いかにもワケありふうな人物の運命が描かれる。それらを通してファシズムの恐さ、迫害された人々の孤独や疎外感、そして究極の選択を余儀なくされる中での良心の呵責などが示されていくのである。

この映画は、ゲオルクをはじめとする人々の逃亡のドラマである。同時に愛のドラマでもある。この映画には、いかにも謎めいた雰囲気が漂っている。音楽や映像も含めて、ミステリアスさに満ちている。その中で最もミステリアスな存在が、黒いコートの女・マリー(パウラ・ベーア)だ。

ゲオルクは街で何度も彼女と遭遇する。最初は誰なのかよくわからないままに、彼女に心惹かれていく。そして、やがて彼女があるドイツ人亡命医師の恋人であることがわかる。さらに、彼女は夫を捜しているという。その夫とは誰なのか。

それはネタバレになるから伏せておくが、そのことでゲオルクは大きな苦悩を抱えることになる。ゲオルク、マリー、医師の三者が絡み合い、愛の迷宮に深く迷い込んでいく。はたして、ゲオルクは作家ヴァイデルに成りすましたまま、メキシコへ逃れるのか。それとも……。

大きな悲劇が訪れるラストを含めて、悲しくて暗い話である。だが、それを情感過多に流れることなく、一歩引いた視点からミステリアスな雰囲気を漂わせて描くことで、3人の男女をはじめ迫害された様々な人々の苦悩をリアルに映し出すことに成功している。漂流する男女の愛のドラマとして、なかなか観応えがある。そして、それを通してファシズムの恐さも押しつけがましくなく伝わってくるのである。

基本的に巻き込まれ型の行動を取りながら、クライマックスで重い決断をする主人公ゲオルクを演じたフランツ・ロゴフスキ、そして3人の男を惑わす妖しさを漂わせたマリー役のパウラ・ベーアの演技も印象深い。

ちなみに、この映画、全体でナレーションが多用されている。その語り手は、ゲオルクではなく彼が通う店の店主。この絶妙の距離感もまた、この映画に独特の空気感を与えている。まあ、やや説明がくどいところもあるにはあるのだが。

ついでに言えば、ネットをはじめ情報が氾濫し権力による監視も厳しい今の時代、ゲオルクのような成りすましが可能なのか疑問もあるのだが、それを言ったら物語が成立しないからやめておきましょう。

何にしてもファシズムの台頭を真正面から描くのではなく、からめ手から描いたユニークで不思議な魅力を持つ映画である。

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◆「未来を乗り換えた男」(TRANSIT)
(2018年 ドイツ・フランス)(上映時間1時間42分)
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:フランツ・ロゴフスキ、パウラ・ベーア、ゴーデハート・ギーズ、リリエン・バットマン、マリアム・ザリー、バルバラ・アウア、マティアス・ブラント、ゼバスティアン・フールク、エミリー・ドゥ・プレザック、アントワーヌ・オッペンハイム、ユストゥス・フォン・ドナーニー、アレックス・ブレンデミュール、トリスタン・ピュッター
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://transit-movie.com/