「家へ帰ろう」
シネスイッチ銀座にて。2019年2月20日(水)午後7時より鑑賞(シネスイッチ2/E-7)。
~ホロコースト映画だが、温かくユーモラスで味わい深い
以前から観たかったものの、なかなか鑑賞できなかった「家へ帰ろう」(EL ULTIMO TRAJE)(2017年 スペイン・アルゼンチン)。公開スタートから2か月近くが経ち、ようやく観ることができた。
この映画は、ナチスのホロコーストを取り上げた作品だ。ただし、悲惨さは極力抑えて、涙と感動、さらには笑いまでたっぷり散りばめている。元々は脚本家で、長編2作目の監督作となるパブロ・ソラルス監督が、かなりの難度の仕事をこなしている。
アルゼンチンのブエノスアイレス。子供たちや孫に囲まれ、家族全員の集合写真に収まる88歳のユダヤ人の仕立屋アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)。いかにも幸せそう・・・かと思いきや、実はそうではない。彼は長く暮らした家を出て、明日、老人ホームに入ることになっていた。本人の意思というより、娘たちの意向が強く働いているらしい。しかも、彼は足が悪く切断の可能性もあるという。
おお! 何とかわいそうな老人。と思うかもしれないが、とんでもない。アブラハムは、頑固で強気で皮肉ばかり言う。小さな孫娘と小遣いの値段交渉をするしたたかさも持つ。とはいえ、「面倒臭い老人だなぁ~」と嫌悪感を持つには至らない。なぜなら、彼はどこか愛嬌があって憎めない存在でもあるからだ。
そんな不思議な魅力を持つアブラハムは、娘たちに黙って家を出る。向かった先は母国のポーランド。だが、直行することはできずに、とりあえずスペインのマドリッドに降り立つ。そこからポーランドへの旅を描いたロード・ムービーが始まる。
彼は旅先で様々な人物と出会う。特に、女性が彼のピンチを手助けする。マドリッドでは、ホテルオーナーの老婦人が親しくアブラハムと語り合う。こちらもなかなか個性的な人物だ。アブラハムが持ち金を盗まれた際には、彼とケンカ別れした娘が当地に住んでいると知り、嫌がる彼を説き伏せて会いに行かせる(ただし、それでありがちな和解に至らないホロ苦さもこの映画の魅力だろう)。
マドリッドを列車で出発したアブラハムは、パリに着く。そこで難題が持ち上がる。列車でパリからポーランドに行くためには、ドイツを通らなければならない。だが、彼は絶対にドイツを通りたくないとわがままなことを言う。いったいなぜなのか。
アブラハムの夢や幻覚などを通して、彼の過去が綴られる。詳しいことは伏せるが、彼はあのホロコーストを生き延びたのだ。幼い日の思い出も織り込みつつ、想像を絶するその体験を描いたシーンでは、さすがに言葉を失ってしまう。彼がポーランドに旅する目的は、その時の命の恩人に、最後に仕立てたスーツを届けることだった。
ホロコーストを生き延びた身として、ドイツを通りたくないというアブラハム。その無理な願いを珍アイデアによってかなえる人物が現れる。ドイツ人文化人類学者の女性だ。アブラハムは、ドイツ人というだけで彼女を毛嫌いする。だが、過去の歴史を受け入れつつ親身になって接する彼女の態度に、アブラハムの頑なな心が少しだけ変化する。そのさりげない描写が心に染みる。
やがて、ついにポーランドに足を踏み入れるアブラハム。だが、そこでも波乱が起きる。それを救ったのは若い看護師の女性。彼女の助けを借りて、目的を達しようとするアブラハム。はたして、恩人にスーツを届けることはできたのか。それは観てのお楽しみ。
観終わって、温かな余韻が残った。ホロコースト映画という枠を超えて、普遍的な人生のドラマとして見応えがある。地味ながら、ていねいにつくられた良作である。
何よりも、この映画をこれほど魅力的にしたのは、やはりアブラハムのキャラによるところが大きい。演じたミゲル・アンヘル・ソラは、「タンゴ」などで知られるベテラン俳優。実年齢より20歳近く上のアブラハムを演じるため老けメイクを施しているため、最初はやや違和感もあったのだが、観ているうちにそれがまったく気にならなくなった。まさにアブラハム本人になり切った演技だった。
ホロコースト映画という固定観念を捨てて、自然体で観てもらいたい作品だ。そうすれば、この映画の味わい深さがきっと感じられるはず。
◆「家へ帰ろう」(EL ULTIMO TRAJE)
(2017年 スペイン・アルゼンチン)(上映時間1時間33分)
監督・脚本:パブロ・ソラルス
出演:ミゲル・アンヘル・ソラ、アンヘラ・モリーナ、オルガ・ボラズ、ナタリア・ベルベケ、マルティン・ピロヤンスキー、ユリア・ベーアホルト
*シネスイッチ銀座ほかにて公開中
ホームページ http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp/