映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「新聞記者」

「新聞記者」
池袋HUMAXシネマズにて。2019年6月28日(金)午後1時30分より鑑賞(シネマ4/G-10)。

~日本映画を変えるか? 実際の事件を取り込みつつ日本の民主主義を問う緊迫のサスペンス

アメリカには実際の政治をネタにした映画が多い。しかも、ちゃんとエンタメとして成立させている。ここ2~3年に日本で公開になった作品では、「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」「スポットライト 世紀のスクープ」「記者たち 衝撃と畏怖の真実」などが挙げられるだろう。

かつては日本でもそうした映画があった。だが、最近はほぼ皆無だ。その筋からの圧力が怖いのか、面倒くさいことはやりたくないのか、政治ネタでは客が入らないと思っているのか。何にしても寂しい限りである。

そんな中、突如として登場したのだ。「新聞記者」(2019年 日本)という映画が……。フィクションではあるものの、現実に起きた事件を想起させるネタをいくつも盛り込んで、政治や社会に真正面から挑んだチャレンジングな作品だ。

主人公は、東都新聞社会部の若手記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)。ある日、社会部に大学新設計画に関する極秘情報の匿名FAXが届き、吉岡は上司から調査を任される。一方、外務省から内閣情報調査室に出向しているエリートの杉原拓海(松坂桃李)は、現政権に不都合なニュースをコントロールする任務に就いていた。

そんな中、杉原はかつての上司・神崎と再会するが、神崎はその数日後に自殺してしまう。神崎の死に疑問を抱いた吉岡は真実に迫ろうとする。杉原もまた、神崎の死の背後にある闇に気づく。

ここまでのあらすじを聞いただけでも、異例の映画であることがわかるだろう。「大学新設計画」とくれば、誰もが例の「加計問題」を想像するはずだ。それ以外にも、文科省の元高官のスキャンダル、ジャーナリストが起こしたレイプ犯罪のもみ消し工作など、最近起こった事件を踏まえたと思われるネタが登場する。

映画の序盤に挟まれるテレビの座談会には、この映画の原案となったベストセラー『新聞記者』の著者である東京新聞の望月衣塑子記者が登場する。そう。あの菅官房長官の記者会見で、官邸側の敵意丸出しの態度に遭いつつも、執拗に食い下がる女性記者である。さらに、実際にスキャンダルに巻き込まれた元文部官僚の前川喜平氏も登場する。本作は、間違いなく今の政治問題や社会状況に依拠した作品なのである。

だが、けっして小難しい理屈を述べ立てた映画ではない。基本に据えられたのは緊迫感満点のサスペンス。つまり、エンタメとしての魅力を充分に備えた映画なのだ。

吉岡と杉原を交互に映し出す冒頭の映像から破格の緊迫感が漂う。随所に暗めの映像を配し、手持ちカメラを使ったり、カメラアングルに工夫を凝らすなどして、息苦しいほどの緊迫感を作り出す。それは終始変わらない。

いわゆる「悪」の描写も怠りがない。先ほど挙げた座談会では、ジャーナリズムのあり方などとともに、現在の内閣府が強大な権限を持ち、内閣情報調査室(内調)が様々な情報コントロールをしていることが語られる。まさに、その内調が実行する数々の汚い手口が描かれる。

政府に不利になる情報を握りつぶし、デタラメを捏造し、情報操作を繰り広げる。一般人に対しても容赦がない。そうした悪の親玉として、杉原の上司である多田智也(田中哲司)という人物を登場させ、その憎々しさを強調する。特に彼の冷徹な目には、背筋が凍らされるほどだった。

その内調の描写に比べて、「新聞記者」というタイトルにもかかわらず新聞社の内幕が十分に描き切れていないきらいはあるのだが、それはまあ置いておこう。

人間ドラマもある。若手記者の吉岡は、日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育った。父も新聞記者だったが、誤報事件をきっかけに謎の死を遂げた過去を持つ。それが彼女の新聞記者としての行動に大きな影響を与える。

一方、杉原は妻が出産間近だ。幸せな家庭を築きつつ、政府のためとはいえ汚い仕事をやらされる生活に彼の心は乱れている。その葛藤は後半に進むにつれてますます大きくなる。

神崎の死の背景には何があるのか。匿名FAXに描かれた羊の絵が効果的に使われた吉岡の追求劇が描かれる。同時に杉原も真実に迫ろうとする。そして、やがて吉岡と杉原は交錯する。

終盤に明らかになる真実は、エンタメ作品らしい壮大なものだ。しかし、昨今の政治や社会の姿を見ていると、けっして絵空事とも思えない。今この時も、安倍政権は本当にああした工作をしているのかもしれない。そんな思いさえ浮かんでしまう。そういう点でも、現実とフィクションをしっかりと結び付けた映画といえるだろう。

最後に究極の選択を迫られる杉原。その苦悩に満ちた表情が忘れ難い。それを交差点のこちら側から見つめる吉岡の複雑な表情もまた、頭にこびりついて離れない。様々な余韻を残してドラマは幕を閉じる。

吉岡を演じたのは、「サニー 永遠の仲間たち」「怪しい彼女」などで活躍してきた韓国のシム・ウンギョン。日本語がたどたどしいという設定だが、それでもなかなか達者な日本語だった。そして、何よりもその表情が様々な苦悩や葛藤を雄弁に伝えてくれる演技だった。

杉原を演じた松坂桃李も相変わらず見事な演技だ。こちらも杉原の苦悩や葛藤をセリフだけでなく、その表情や佇まいからキッチリ見せてくれた。

もう一度繰り返して言うが、政治や社会の文脈から離れても、エンターティメントとして十分に観応えある映画だと思う。だが、それでもやはり現実の政治や社会について思いを馳せてしまう。

終幕近くで、多田は「民主主義は形だけでいいんだ」と語る。これこそが、作り手たちの最大の問題提起かもしれない。今の日本の政治は本当に民主主義なのか。形だけになっているのではないか。観終わってそんな疑問が渦巻いた。

ただの偶然なのか意図したのかはわからないが、この映画が参議院選挙の前に公開されたことには大きな意味があるだろう。投票に行くつもりのある人もそうでない人も、政権を支持している人もそうでない人も、ぜひ観て欲しいものである。

何にしてもチャレンジングな作品だ。いや、これをただのチャレンジ終わらせてはいけない。日本の映画界よ、これに続け~!!

 

f:id:cinemaking:20190629224404j:plain

◆「新聞記者」
(2019年 日本)(上映時間1時間53分)
監督:藤井道人
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音郭智博長田成哉、宮野陽名、高橋努西田尚美高橋和也北村有起哉田中哲司
新宿ピカデリーイオンシネマほかにて全国公開中
ホームページ http://shimbunkisha.jp/